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絶対にあってはいけない恐ろしい出来事

2013年、ボート生活の貴重な夏を家探しのためにムダに費やしてしまった。気がついたら何一ついいことがないまま長い冬を迎えようとしていた。
不動産屋や大家達に長い間断られ続け、わたしは自分達が世の中から否定されているような錯覚に陥って酷く落ち込んだ。
水やトイレを自由に使えるかもしれないという小さくて大きな夢と期待感が崩れ、娘を彼女の大好きなお風呂に入れてあげれないことや、学校すら決まらないかもしれない不安で、泣きたくて仕方がなかった。
わたしはできるだけ娘の前で泣かないようにしていた。でも大声で泣きたいときもある。そんなときは娘をベビーカーに入れて散歩に行く。後ろでベビーカーを押すわたしの顔は娘には見えないので泣いてもいい。バカみたいに声をだして泣きたいときは、人気の無い林の中を通り、テムズ川が段差になって大きな滝になっている辺りの前で泣く。声を出して泣いても流れる豪快な川の音がわたしの声も苦しさも全部かき消してくれる。
娘はベビーカーの中で景色を見ながらはしゃいでいる。
チャンスだ。いっぱい泣こう。いっぱい泣いたら元気になるかもしれない。
そう思ってここに来たのに、涙がでない。まったく出ない。泣く気になれないのだ。
色んなことを思いだそうとしても絶望感しかわかない。何かしようとしてもまったく上手く行かない。高い壁の前で走っても、前には絶対に進めないのだ。
必死にがんばって出た結果が、家族離れて暮らすことだなんて辛すぎる。
人々に否定されて嫌われて、お金もなければ普通に暮らせる家もない。長すぎた。節約ばかりでいいことなんて何もない。あるのは惨めな自分と失望感だけだ。
なんだか、疲れた。泣く気にもなれないぐらい、もう体力も精神力も追いつかない。

川がごうごうとうねりながら流れる落ちる様子を見ていたら、ああ、とすごいことに気がついた。
簡単だった。
ここから飛び降りたら全てが終わるのだ。もう何も考えなくてもいい。もう悩まなくてもいいのだ。
良かった。そうだった。
そうか、そうだったんだ。
わたしは自分で酷く納得して、その豪快にうねる滝の方に近いて行った。
今思えばたぶん本当に数秒の出来事だったのに、すごく長い時間滝の音に吸い寄せられそうになっていたような気がする。

「ママー。なんか食べたい!お腹すいた!」
娘の声で足を止めた。
よく小説や映画なんかで「我に返る」とか言う言葉を聞くが、本当にそのまま、その通りだ。わたしは我に返った。
まるで誰かがわたしに乗り移ったみたいだった。
あれはなんだったのだろう?
不思議に思い、次の瞬間恐ろしくなった。
娘を乗せたベビーカーを押して急いでそこから離れた。
「自殺する人はバカだ。」
誰かが自殺したというニュースがあるとよく聞く言葉が、わたしの頭の中で響いた。
違う、違う。そんなものではない。それは突然やってくるのだ。もしかしたら、脳のちょっとした部分を刺激すると起きる現象かもしれないし、自分でコントロールできない何かかもしれない。
それが弱い人間だからとかそんなことではなくて、もしかしたら誰にでもありえることなのかもしれないのだ。
そう思うとそれはすごく、すごく恐ろしいことだった。
わたしはもう少しで大切な家族を残して死んでしまうところだったのだ。
怖くてわたしは旦那に早く帰ってきて欲しかった。
目の前で娘が幸せそうにリンゴをほうばっている。
ああ、良かった。今こうやって娘の顔を見ていることがまるで奇跡のようだ。大好きな旦那と娘をいっぱい抱きしめたい気持ちになった。

わたしはこの恐ろしい出来事を旦那に話した。バカだと呆れられるのも分かっていたが、話すと少しは楽になる。
わたしの話を聞いて旦那は怒るかと思いきや、まったく予想外のことを言った。
「ウソでもいいからちょっと声を出して笑ってみろ。」
は?何言ってんの?ああ、ムリにでも笑ったら元気になるっていう無理やりポジティブ戦法?バカバカしい。
わたしがイヤだと断ると、旦那はいいから笑ってみろとしつこい。仕方がないので、「あははは。」と言って笑ってみる。別にできないわけでもない。
旦那は言った。「本当に辛い時はウソでも笑えないんだ。とりあえず笑えるんだから大丈夫だ。悩んでることはそこまで重要じゃない。」
え?そうなの?重要じゃないんだ。。。。
そう言われるとそうかもしれない。確かに、義母が亡くなった時はウソでも冗談でも笑うことができなかった。大切な人を失うということは、何よりも辛いことだ。
わたしは今、ウソでも笑える。
旦那は自分の最愛の母親を突然亡くしたときに、今のわたしよりも絶望して悲しんだのだ。それを乗り越えた旦那にしてみれば、人生が上手いこといかなくて落ち込んでいるわたしの悩みなど、そんなに重要なことではないのだ。
そして考えてみると、確かにそうだ。前に進まないだけで、大事なものは全部ここにあるではないか。大好きな旦那と娘。節約生活と言っても何もないわけではない。安心して眠れるベットもあるし、食べるものだってある。寒くなったら薪ストーブだってあるし、テレビも見れる。ケータイやパソコンまであって、なんだかんだと人並みに暮らしているではないか。
わたしは何に落ち込んで何を悩んでいたんだろう。
家が見つからないなら、ただそのままいつものように暮らしていけばいいことなのだ。
人がわたし達を見下そうが、生活保護者扱いしようが関係ないではないか。
と、考えたら、ああ、本当に川に飛び込まなくて良かった。
考えれば考えるほど恐ろしい出来事なので、それすら考えるのも止めた。

次は何かにつまづいたり落ち込んだら、一度ウソでも笑ってみよう、と思った。
そして、大事な人達がちゃんといるんだということを忘れないでいようと、心から誓った。

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No title

よかったです☆
何もかもそろってても、家族の仲がわるいと、しんどい、
でも、スカイさんは一番大事なものを持ってるから大丈夫。
そんな旦那さんはなかなかいないですよ、すごい心強い!

でも、テレビあるって、わたしからしたらすごいです。
私たちはなかったです。ラジオのみ。
PCも古くてボートの上でネットは出来なかったなぁ。
ボートの上の電気は常に課題でしたねー。

夏に久々に行ったのですが、
もうバッテリーがダメになってて、
夜はろうそく生活でした。
子供たちは大はしゃぎでしたが、
トイレも流せないっていう。。
まあ、いい思い出です。

これからも楽しみにしています。

No title

そうそう、後に残された人のこと思うとね…この時の心情がわかる。私も今の旦那と付き合っていた時に似たようなことありました。
娘さんと旦那さんのことを思う気持ちがあるからこそ、その時の状況が辛くてより過酷にうつったんでしょうね。(もちろん、厳しかったとおもいますよー。)
旦那さんが、前に舵をとってくれて良かった。そして、その気持ちを旦那さんに打ち明けた時に、受け止めてくれて良かった。

Re: No title

Puppyさん
ラジオだけだったんですねー。うちは旦那がテレビ、テレビってうるさいのでしょうがないんですが、発電機必須なので、ガソリン代かかります。。。。
ボート生活での電気は本当に常に課題ですよねー。アイロンとかドライヤーが自由に使えない、食器洗い機や洗濯機なんて夢のまた夢だし、大昔の暮らしみたいです。。。

ボートのバッテリーがダメになってましたかあ。。常にエンジンをかけて充電しておかないとボートっていじけちゃいますよね。
発電機でバッテリー充電してみました?バッテリーが本当にダメになったら充電しても持たないですよね。電力が完全に無くなるとエンジンすらつかないし。困っちゃいますよね。。。
そして電気がないとトイレも流せないし、水も出ないし。。。。
でも、お子さん達が楽しんだみたいで良かったです。子供はどんなことでも楽しいに変えちゃうんですよねー。

Puppyさんがボートのことを分かっているので、わたしはなんだか嬉しいです!

Re: No title

Junebugさんにも似たようなことがあったんですね。後に残された人のことを思うってことは、誰かが自分のことを思ってくれてるってことで、わたし達は幸せなんですよね。
旦那がね、普段は受け止めるどころか、ネガティヴになるわたしが嫌みたいで、いつもだったら怒られちゃうんですが、あの時はそんな旦那もわたしの落ち込みように気が付いていたんでしょうねえ。確かに状況も悪くて忙しいって、2人で疲れちゃってたんです。
こんな思いはもう二度としたくないですね。
プロフィール

スカイ

Author:スカイ
イギリスで旦那と娘3人でボート暮らしをしていた生い立ちを綴っています。
家賃も地方税も無い自由な生活を選んだはずが、なかなか大変なボート暮らし。大好きなお風呂にゆっくりと浸かることができる生活を毎日のように夢見て、早くボート生活から抜け出したいと思いながら結局7年間を費やしてしまいました。
めちゃくちゃなボート仲間達との暮らしも今はいい思い出です。

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