スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

優しい保健婦さん

2012年6月。イギリスの初夏は冬が嘘だったみたいに眩しい。時々真夏かと思うぐらいに暑い日もある。わたしは不安な気持ちで保健婦に会うために診療所に向かっていた。
子供達が元気に走り回って遊んでいる公園を通り過ぎ、まだ歩かない娘をベビーカーに乗せながら、いつになったら他の子のように歩いてくれるのだろうと思った。
娘はのんきに大きな声で歌を歌っている。その無邪気な歌声はわたしを更に不安にさせる。
娘に何か問題があったら、ボート暮らしを保健婦さんに責められでもしたら。
考え出したらキリがない。

娘の担当の保健婦さんは、娘が産まれた時から彼女のことを知っている。検診やら体重測定のたびに、わたしは毎回娘を連れて行くが、他の母親達も保健婦さんに話を聞いてもらいたくて時間を取ってしまうので、わたしはなんとなく遠慮していつも聞きたいことを細かく聞けずに用事だけ済ませて帰ってしまう。なので、担当の保健婦さんにとってわたし達の印象は薄いだろうなあと思いきや、保健婦さんは1番に「まだボートに住んでいるの?」と聞いてくれた。
わたしがいつもさっさと帰ってしまうので、娘の成長もそうだが、わたし達の生活がどんな状況かと心配していたので、来てくれて嬉しいとまで言ってくれた。
保健婦さんに個人的に予約を取ると大体15分の面談時間が与えられるのだが、今日はわたしのために30分取ってあるので、ゆっくり話がしたいという。
わたしはなんだかびっくりした。聞くと、保健婦さんも地域の新聞を見たらしく、ボート住民のことが書いてあったので、もしかしたらそのコミュニティーの中にわたし達がいるのではないかと思ったらしい。
その通りです。
そりゃあ、ボートに住んで、住民に文句を言われて地元のマイナーな新聞だが、記事になってしまったら、どんな生活をしているのかなど気になるだろう。
わたしは大まかにボート生活のことを話し、こんな生活で娘に何か障害があったり、成長が遅れてるのではないかと思っていたことを正直に彼女に相談した。
ボートでの暮らしやどうやって娘を育てているかなど、他人に素直に話したのは初めてだった。保健婦さんはまるで理解している精神科医のように真剣に話を聞いてくれて、話しながら泣けてくるのではないかと自分で自分を抑えながら話す場面もあった。
保健婦さんは娘に話しかけたり、積み木やハンカチなどを使って娘の反応をチェックしたりした後、どこにも問題は見当たらないので、安心しなさいと言ってくれたが、問題がないならなぜ娘は1歳8カ月を過ぎても歩こうとしないのか、歩けないのになぜ歌だけはしっかりと歌えるのか、とわたしは聞いた。
保健婦さんは少しだけイギリスでおなじみの動揺を口ずさんで娘に聞かせると、娘は大喜びで歌い出した。出てくる出てくる、色んな歌が。
「彼女、歌が好きなのね。お母さんがいっぱい歌ってあげてる子供は、これぐらい歌えるようになるのよ。本をいっぱい読んでくれる親の子供は、このくらいの年で好きな本を暗記してしまうこともよくあることだし。全く問題ないわよ。」
と、保健婦さんが言ってからわたしは思い出した。
わたし達のボートには日中好きに使えるほどの電力がないので、わたしは娘が産まれてから、テレビやステレオ代わりに毎日歌を歌っていたのだった。家事をする時も、娘がグズったときも、ボートの中にいるときは歌を歌って娘をあやしていたのだ。
そうだったのか。
そして、娘はボトムシャッフルだが、広い家に住んでいてもお尻で移動する子供は結構いるし、ほとんどの確率で歩き始めるのが遅いが、将来的には何の問題もなく歩き出すそうで、3歳過ぎても歩かなかったら心配しなさいということだった。
と言うことは、わたしの取り越し苦労だったってことー?
保健婦さんと話していると娘が何か食べたいと言うので、わたしはいつものようにセロリを差し出した。すると、保健婦さんは目を丸くして、「セロリ食べるの?」と驚いたようだった。
わたしは、子供用のお菓子は高いし、ボート生活で手作りは手間が多いから、彼女には悪いが、オヤツは生の野菜やフルーツになってしまうのだと説明すると、保健婦さんは胸に手を当てて「すごい!」と言うのだった。
すごい?すごいって、そうだよね、野生的だよね。。。
わたしが困っていると、保健婦さんはなんだか感動したように、と言うか、興奮したように言った。
「世の中には忙しいからと言って子供にスナックやら甘いお菓子などを与えて楽をしている親はたくさんいるのに、あなたは厳しい環境の中で本当に良くやっているわ。」
そして言った。「国はあなたのような人を援助するべきなのよ。ボート生活が大変だから家に移りたいと申し出たら、援助が受けれるんじゃないかしら。今の状態ではこれからもっと大変になるって誰が見てもすぐに分かるもの。」
ええー!?なんだか思わぬ展開に。。。。
保健婦さんはとにかく役所に連絡して家を手配してもらいなさい、と言い、必要なら自分が手紙を書くからいつでも連絡しなさいと言ってくれた。
わたしが、生活保護を受けるのは気が引けるというと、彼女はそんなふうに思ってはいけない、必要だから必要な人に手助けしてくれる機関があるのだから大丈夫だと言う。
そしてわたしに何度も「あなたは素晴らしい母親なのだから、自信を持ちなさい。」と言ってくれた。
娘が産まれてからそれまで、こんなことを言ってくれる人は誰一人もいなかった。今まで悩み、苦しんできたことが保健婦さんに会って本当に嘘のようにどこかに行ってしまった。
このイギリスで、ジプシーみたいにボート暮らしをしている外国人のわたしを人として正当に扱ってくれたこの保健婦さんに、わたしは心から感謝した。

帰り際、また来た道を戻り公園の前を通った。子供達が走り回っている。わたしの気持ちは「娘はそのうち歩いてくれる。絶対に。」という強みに変わっていた。娘がいつものように楽しそうに歌っている。歌が大好きな娘はわたしの自慢の娘だ。
ボートが狭くても暮らしは過酷でも、貧乏な生活を送っていても、彼女が歌い続けているうちは幸せなのだと思った。
素直にボート生活の状況を話したら、お役所さんも理解してくれるだろうか?
これからのことは行動してみないと分からない。
少しだけ勇気が湧いてきた。
スポンサーサイト

母親としての自信を失くす

娘が産まれてから1年半が過ぎた。実のところこの間の記憶がなぜだかあまりない。双子達がご近所さんになったりとか、コミュニティーが変化してきたこととか、大きい出来事は覚えていても、細かいことは思い出せないのだ。特に子育てに関しては、おおざっぱにしか思い出せない。
1年半どうだったかと聞かれると、とにかく過酷で忙しかったとしか言えない。
娘の食にはすごくこだわり、ボートに住んでいるからと言って手を抜きたくなかったので、離乳食が始まってからはやることが更に増えた。冷凍庫がないというか、冷凍できるほどの一定の電力がないのでまとめて作ることができず、その都度手作りした。まあ、自分達の食事を作るときに取り分けておけばいいのだが、バランスよく食べさせてあげたいので手間が増える。
毎回茹でたり食器や鍋を洗ったりできるほど水もふんだんに使えないので、手作りのおやつもあまり作れず、考えた末、彼女のおやつは生の人参やセロリ、トマトなどになった。おかげで彼女はキャベツやリンゴなどをバリバリ食べてくれるので野菜を食べてくれないと困ることは未だにない。
困ったのは、すすとホコリだらけのオモチャだ。娘がなんでも口に入れ出す時期。冬は薪ストーブですすだらけ、夏は開け放した窓やドアから入るホコリで汚くなったオモチャを毎日拭き続けた。そして、もちろん床も毎日隅から隅まで拭く。水が思う存分使えないので、キッチンペーパーや濡れティッシュなどを大量に使う。なんだかお金がかかる。
そして、娘が日中狭いボートの中で長い時間を過ごさないように、色んなところに連れ出す日々。ゴミを毎日離れたところまで持って行き、コインランドリーに行ったり来たりして、やることが多いのに更に日々どうやってやりくりするか、どうやって水や電気を最小限に抑えるかなど考えながら毎日過ごしている間に、毎日が楽しいのか楽しくないのかさえ忘れてしまう。
それプラス、わたしは娘が1歳を過ぎてから仕事復帰した。パートで週2から3日だけだが、その分家事仕事が増える。もちろん旦那もがんばったが、旦那も薪割りや水の確保、定期的に壊れてくれるエンジンや発電機の修理などに追われて、育児の手伝いにも限界がある。

いつの間にか気がつくと娘が1歳半を過ぎていた。周りの同じ歳の子供達は歩き出しているが、娘はつかまり立ちすらしてくれない。というか、ハイハイもしない。わたしは娘がハイハイするのをとても楽しみにしていて、お尻にパンダやクマがついたレギンスを買っていたのだが、そのかわいいお尻が動いているのを見たことがない。いつハイハイを始めるのだろうかと毎日床をピカピカにして待っているのに、いつまでたっても娘はハイハイをしてくれなかった。彼女は座ったままいつもニコニコとオモチャで遊び、大好きな歌を歌う。
いつだったか、わたしがキッチンで作業をしてからラウンジの床で遊んでいる娘の方を見ると、娘がいない。あれっと思ったら、なんとバスルームの近くで座って遊んでいるではないか!
まさか、見ていない間にハイハイか立ち上がってここまで来たのか!?と思って観察していると、座りながら足を使ってお尻でズリズリと前に進んでいるのだ。
そう、娘はいざりっ子、シャフリングベビーだったのだ!
他の子よりも足が小さすぎるので、足の筋肉でも弱いのかと思っていたが、まさかお尻で移動しだすとは。。。。
周りはかわいいだの面白いだのと笑うが、わたしは心配で心配でたまらなかった。
ボートが酷く揺れるのと、狭い環境で娘は自分なりに生活に合った動き方をしているのかと不敏に思ったり、石炭やディーゼルの匂いで脳に障害でもあるのかと、毎日毎日ネットを見たりして心配した。
わたしが怖かったのは、1歳を過ぎたばかりの娘が保育園で覚えてきた歌を次々と正確にしっかりと歌うことだった。1歳半になり、歌のレパートリーも増え、英語と日本語でほとんど正確な音程で完璧に歌い上げる。自慢できるはずのこの行為が、なんだかとても恐ろしかったのだ。ハイハイもできないし歩けないのに歌は3歳児なみにしっかりと歌えるなんて、どこかおかしい。
この頃、娘と同じくらいの子供達は全員歩いていた。走っている子供もいた。
今まで一緒に遊んでいた友達が歩き出して、娘もそれを見て足でドンドンと床を叩いて悔しがったりするようになった。
そんな娘を見ながらずっと心配して泣いているわけにはいかない。わたしは近くの診療所に行き、保健婦さんに相談することにした。

娘を保健婦さんのところに連れて行く数日前、わたしは偶然に電気屋のSの逃げた元奥さんに町でバッタリ会った。彼女とSの間に産まれた娘さんはもう小学生になっていて、学校で毎日を楽しく過ごしていて、Sの元奥さんも小さいながらも国から与えられたアパートで平和に暮らしてるようだった。
彼女はまだボート暮らしをしているわたしを心配してくれて、娘のためにボート暮らしは早く抜け出した方がいいと言った。
わたしが、娘がシャフリングベビーで未だに歩かないと言うと、Sの元奥さんはびっくりした顔で「わたしの娘もそうだったのよ!しかも彼女が歩いたのは2歳半過ぎてからだったの!」と言った。そしてわたしと彼女は、ボート生活で自分の娘を窮屈な環境においてしまったのではないかということを話した。
もしそれが本当だとしたら、わたしは娘に酷いことをしているのではないかと自分を責めた。
わたし達がボートを買うと決めなかったら、もう少しお金があったなら。
考えても後悔しても、今の暮らしをこれ以上変えることはできなかった。
時間がある限り娘と外に出て、できる限り娘が健康でのびのびと暮らしていけるように尽くすしかなかった。
わたしの中では今の状態でのボート暮らしには限界があった。旦那もそれを感じていた。
そしてわたしは母親としての自信を完全に失くしてしまっていた。

次回に続きます。

強烈な双子兄弟

ボートに住み始めて、あっという間に5年がたってしまった。たかが5年、されど5年だ。わたしと旦那の友人達は未だに「まだボートに住んでいるのか。」と聞く。彼らにとっては子供もいるのにまだそんな風に自由にやっているのかと言いたい気分だろうが、こっちは遊びではない。マジメに生活しているのだ。
友人達は遊びに来てくれるたびに、ホリデーに来たみたいだと感激してくれるのに、「自分だったらこんなボートに住み続けるなんてムリだなあ。」とか「いつまでこんな生活を続けるんだ。」とか言ってくれる。分かってる。そこには深い意味はないのだ。彼らの正直な意見なのだから。
そしてその友人達を更にビックリさせるのはいつもボート仲間達だった。
彼らの毎日は日常離れしていて、どうやったらこんな風に何年も生きていられるのかと誰でも疑問に思ってしまう。そして友人達は彼らにどん引きなのに、お構いなしにフレンドリーに接してくるのだ。
5年前にボートに住み始めたときは、Wを筆頭にワイルド系の住民達が騒ぎまくっていて、彼らも怖いぐらいにフレンドリーだった。5年経って、仲間は半分以上入れ替わった。ワイルド系と言うかマッタリ系だが、それでも酒を飲んで毎日河原でワイワイと遊んでいる状況は変わらない。
ヤクザみたいなPからヒッピーの若者、ヤク中ではないがヤク中みたいにみえるオッサンや山で修行中のような身なりの小汚い格好の若者。みんな個性的すぎて、さすがのWでさえコミュニティーに戻って来なくなったぐらいだ。
そしてその中に、更に個性的な双子の兄弟がいた。歳は多分40から45、声もでかいし態度もでかいのにやけに人に気を使うし、気も利く。そして、なぜそこまで?と思うぐらいお節介だ。
二人ともいつも酒を片手に持って、身なりはまるで武者修行者のようなのだがとても人懐っこいので、いつも周りには仲間達が集まる。Pもよく彼らの面倒を見ていて、彼らはPの舎弟のようにどこにでもついて行く。
わたしがベビーカーをボートから下ろすのにあくせくしていると、いつも双子の片割れがやって来て、1人はベビーカーを岸の安全なところまで持って行ってくれて、もう1人は娘を抱えてくれたりする。
気になるのは彼ら、お風呂に入ったり服を着替えたりしないので、ちょっと臭い。娘を抱っこしてくれるのはいいが、彼女の服がなんだか臭うこともある。。。。
それでも娘はなぜか彼らが大好きで、顔を見ると機嫌よく笑うのだ。と言うか、娘、まだ1歳半だからかどうなのか、その辺で酔っ払いが叫ぼうが犬が顔中を舐めようが、全く気にしない。産まれたときからそんな環境なので、慣れてしまっているらしい。ボートのエンジンがかかっても、音楽ガンガンでも、眠くなったらぐっすりと眠るのだ。
と、話は逸れたが、とにかくこの双子の兄弟、存在も匂いもすごく強烈なのだ。
そんな彼ら、まるで世の中の雑草みたいな存在でありながら、なかなかすごいのだった。
二人ともかなり優れたアーティストで、某有名な本の表紙を書いたり、映画の仕事をしたりしていた。絵を描かせると、おおっ!プロだー!と叫んでしまうほど上手い。
娘がもう少し成長したら、絵を教えてあげるんだと彼らはいつも言ってくれる。
ただ、問題は生活能力がないのだ。
せっかく手に入れた仕事も酒を飲みながらやるのでクビになったり、仕事をやっとやり終えて大金をてにしても、一瞬で道楽に使ってしまう。彼らアーティストはオーディションを受けて仕事を獲得するらしいが、遊びすぎてそのチャンスを逃してしまったりと、結局いつも文無しでお腹を空かせてPやわたし達に食べ物を分けてくれとか、せこく5ポンドだけ貸してくれ、いや、1ポンドでもと言ってきたりする。
旦那は食べ物は与えるが、金だけは次が返って来るまで絶対に貸さない。Pはなんだかんだと彼らを甘やかしているようだった。
双子は仕事も金もないのに変な意地だけはあって、何があっても生活保護を受けようとしない。国に借りは残したくないとか、そこまで自分たちを下げたくないとか言うが、そんなにプライドが高いなら意地で仕事を見つけて来た方がいいのでは?といつもわたしは思う。

そしてある日、双子の知り合いがオーディションの話を持ってやってきた。
面倒なので受けないと言う双子兄弟に、旦那やPが激怒してムリやり受けさせ、とても簡単に仕事をゲットして珍しくスタジオにこもり、某有名な映画の仕事を終えて大金を手にすると、何を思ったか、前回登場のTOのボートを購入したのだった。
TOはなんだかんだと、結局ボートを予定の半額以下で手放し、晴れて陸の人間になってどこかに行ってしまった。最後の日、なぜだか夜中にこっそりと旦那だけに挨拶をしに来て、少ない荷物を彼の弟の車に積んで静かに引っ越して行った。
そして強烈な双子は、なんだかわたし達のご近所さんになってしまったのだった。
いいのか、悪いのか、静かだったボート周辺が急に賑やかになってしまった。
それから顔をあわせる度に、わたしに「ユーの旦那とPはオレたちにボートを与えるきっかけを作ってくれたんだ。オレたちは一生ユー達を守り続けることにしたんだ。」と言って来る始末。
困ってしまう。
そして、日本語で「忠誠を誓う!」って何て言うんだ?というので、その通りにおしえてあげた。
それからは、わたしの日本人の友人が訪ねてくる度に飛んで来て「チュー、セイヲ、チカウー!」とガッツポーズをするので、みんなビックリ。なんなのこれ?状態だ。
とにかく、ボートのドアを開ける度にそこにいるので、わたし達の友人も、彼らが面倒だからと言ってあまり来なくなってしまった。。。。
こんなんだから、「いつまでこんな暮らししてるの?」って言われてしまうのだ。

それでもわたしは、前よりもずっと居心地が良くなった。彼らは本当にわざとらしいくらい色んなことを手伝ってくれるし、どんなことも親身になってくれた。
地域の年寄り住民にわたしがイヤミを言われている時も、すぐにボートから出てきて助けてくれたし、旦那が出かけて帰って来ない夜は、発電機を中に入れてくれたりする。
ほとんど毎朝、コーヒーを作りたいからお湯を分けてくれと、バシャバシャとテムズ川ですすいだカップを渡されるが、(最初は本当にビックリした) それも日課になっていた。彼らが朝出てこないとなんだか心配になる。

いつも貧乏でボート仲間達のレベルも世の中の範囲で見たら低いが、わたしの中では自慢の仲間達だった。
ボートに住み始めたころから日本人の友人達に「本にしたら?」とか、「ブログを書いたら?」とか言われることが多かった。その度に、そんなことは絶対にしないと言い続けていた。マジメなボート生活を好奇心だけで笑って流されるのがイヤだったのと、貧乏で惨めな生活を書いて、わたしのことを毎日心配している親を悲しませたくなかった。
それでも、双子兄弟がご近所さんになった頃から、理解してくれる人達が少しでもいてくれるなら、こんな生活がありこんな人達が一生懸命生きてると伝えたい気持ちになり始めていた。
大きな世の中でほとんど価値のない小さな存在が、わたしの中では世界に一つの大きな存在なのだ。
それでもこの頃、わたしはまだためらっていた。
変わった生活をしているくせに、わたしはいつも何か始めるのが怖い。
自由奔放に生きている双子兄弟に助けられる日々の中、わたしは彼らに何ができるのだろうかと考えるようになった。

ボートを売る気があるのか、それとも無いのか?


2012年、もう少しで3月になろうとしていた。イギリスの春はまだ遠いと思うぐらいまだまだ寒い。
厳しい冬のボート生活を懸命に生きている間、ご近所さん達はだいぶ顔ぶれが変わっていた。若者ヒッピー達は辛い冬のボート暮らしに音を上げてほとんどがいなくなってしまっていた。聞くところによると彼らはなんとほとんどが中流階級のお子さん達で、帰ろうと思えば居心地の良い家があるのだから辛かったらいつでも帰れるのだそうだ。ヒッピー暮らしに憧れて長いホリデーをとっていたようなものだ。だから、結局ボート暮らしに残った人達は本当に生活に困ってボート以外に住むあてがない人達か、ボート生活が気に入ってしまった人達、古いボート仲間達だけになってしまった。
なんだか知らないが、テムズ川を散歩ついでにボート仲間達と気が合って、そのまま誰かのボートに居座ってしまった人もいれば、親からボートを買ってもらってボート生活に居座ることになったどこかの娘さんや息子さんもいる。それにしても、お金に余裕がある人達が買うボートはすごい。広いだけじゃない。作りがしっかりしていて、テムズ川の水を再利用してシャワーなどに使える浄水システムが導入されていたり、お風呂があったり洗濯機があったりする。10代の若者の方がわたし達中年カップルよりもいい暮らしをしているとは。。。
そんな中で、わたし達の古いボート仲間の一人TOが、この冬は厳しかったし、自分も年をとってきたので、ボートを売って新生活を始めたいと旦那に言っていたのを聞いた。
そうか、TOもいなくなるのかあ。。。
TOはボート仲間の間でも、いるかいないか分からないぐらいにおとなしい存在だ。パーティーやバカ騒ぎには参加しないで、のんびりとお気に入りのマグで紅茶を飲んでいる。いつも肩を丸めて静かに歩き、ゆっくりとした口調で話しをする。植物をこよなく愛し、近くのガーデンセンターで庭の手入れをする仕事をしていて、いつだったか旦那に仕事をしている時がリラックスできると話していた。
TOのボートはわたし達のボートと向かい合わせで、一番近いご近所さんで一番おとなしい住民だった。

少ししてTOはついに「セール」とボートに広告を張り出した。夏のボート生活が一番楽しくなる前にボートを売りに出すのか、よっぽどボート生活から早く抜け出したいんだろうなあと、わたしは思った。そして張り紙のボートの値段を見てわたしと旦那はビックリした。
彼のボートはカナルボートだが、わたし達の3分の1サイズ。トイレと小さい流し台にベット、シャワーは付いていない。それで、わたし達のボートの値段よりも高い値段で売りに出していた。どう考えても高すぎる!この値段を払うんだったらもっといいボートが買える、絶対に!
「本当はボート、売りたくないんじゃないか?」と旦那が言った。
どうなんだろう?
ボート住民のメンバーが少しずつ変わり、若者が簡単に高価なボートを手に入れることができる状況を目の当たりにして、誰かが高額でボートを買ってくれると期待しているのだろうか?それともただ現実をあまり見ないで生きるタイプなんだろうか?
なんだかとてもナゾだ。
ボート仲間達がTOのボートの前を通るたびに皆驚いた顔で売り出し中の張り紙を見る。TOは特に気にする様子もなく、背を丸めていつものように仕事に出かけて行く。
今までいるかいないか分からないような存在だった彼の存在が、ボート仲間達の間で変に大きくなって、「ちょっと変わった人なんだろうなあ。ボートが売れるように幸運を祈るよ。」などと、世間離れ並みに変わったボート仲間達にひっそりと囁かれるようになった。
果たして彼のボートはちゃんと売れてくれるのだろうか?

貧乏なボート生活は大変だ。家に住みたいとほとんどの人が一度は思う。(わたしはいつもそう思っていたが。。。) でも離れようと思うとなんだか惜しい気もしてくる。
TOも本当はそう思っていたのだろうか?
本当のところは誰も知らない。
プロフィール

スカイ

Author:スカイ
イギリスで旦那と娘3人でボート暮らしをしていた生い立ちを綴っています。
家賃も地方税も無い自由な生活を選んだはずが、なかなか大変なボート暮らし。大好きなお風呂にゆっくりと浸かることができる生活を毎日のように夢見て、早くボート生活から抜け出したいと思いながら結局7年間を費やしてしまいました。
めちゃくちゃなボート仲間達との暮らしも今はいい思い出です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
フリーエリア
にほんブログ村 家族ブログ 貧乏家族へ
にほんブログ村 こんな貧乏家族も にほんブログ村 子育てブログへ
にほんブログ村 色々な子育て満載
広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。