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謎の男、一体何しにきたんだ?

2010年4月、もう月も半ばに差し掛かろうとしているのに、この年はまだ冬のコートが欠かせないぐらい寒かった。その寒さの中、わたし達はテムズ川のコミュニティーに戻ることにした。通勤は不便になるが、いくつかの理由があった。まず、わたし達の郵便物が届く私書箱をコミュニティーの周辺で年間払いで借りていて、住所がそこにあると言うのが一番の理由だった。使っている住所の近くの診療所に登録していたし、妊娠中の検診もその辺りだし、大事な郵便物もすぐに取りに行けるので、便利だった。
それと、やはり気心が知れた仲間が近くにいるというのは安心できる。カナルでも助け合える仲間はできたが、ボート生活を1から手助けしてくれた仲間達には敵わなかったのかもしれない。

テムズ川に戻るには、またあの過酷な10以上の水門を通らなければいけなかった。妊娠初期のしかもつわり真っ只中のわたしに寒空の中で水門の開け閉めをして欲しくないと言って旦那は友人二人に手伝ってもらうことにした。1人はアパートからボートに引っ越したときに手伝ってくれた男友達で、もう1人は旦那とわたしの共通の友人で長い付き合いがある女友達のJeだ。Jeはボートでカナルからテムズに向かうと聞いて自分から一緒に行きたいと申し出てきたのだ。そして、謎のボーイフレンドを連れて来た。
謎の男はドイツが嫌いなドイツ人で、何を思ったのか釣竿を持ってやって来た。そして、みんなが水門の開け閉めに奮闘しているときに釣竿をたらしたり、寒いだのお腹が空いただのと言いながらボートの中に何度も入ってきて、訳のわからない自慢話をしたり、勝手に紅茶やサンドイッチを作ったりして、水門作業には一瞬たりとも参加しなかった。Jeが何度か呼びに来たが、テレビを見ているから外には出ないと言ってソファーを占領してくつろいでいた。
あの、ここはあなた様の家ですか?と言うか、何しに来た?
わたしは揺れるボートの中でつわりでかなり弱っていたので、謎の男が中に入って来るたびに居心地が悪くなった。
息苦しくなるので外に出てみるが、皆に寒いから中に入れだの、滑って川に落ちたらどうするんだだのと言われ、渋々中に入ったり、時々また外に出て、ボートを操作中の旦那の横に立ってみたりしたが、友人2人が懸命に水門を開け閉めしているのを黙って見ているのが悪い気がしてまた中に入ったりを繰り返して1日を過ごした。

朝早くに出発して、やっとテムズ川の手前の大きい水門まで着いた頃には、夜もだいぶ更けていた。大きい水門は予約して開けてもらわないといけないので、移動はそで終了ということになり、1週間そこに滞在してからテムズ川に出ることにした。
近くにレストランがあったので、旦那がお礼に皆に夕食をご馳走することになった。と言うか、何もしないでダラダラしていた謎の男にまでご馳走するのか?とわたしは思ったが、しない訳にはいかないだろう。
食事中、旦那の男友達が「こんな風に移動するなんて、結構たいへんだなあ。ボート生活も優雅なだけじゃないんだなぁ。」と言うと、それを皮切りに謎の男が何故そこまで?と言うことを言い出した。
「ボート生活はワイルドだと思ったが、退屈だなあ。釣りさえもゆっくりできないし、中は狭いし、トイレもキッチンも使い辛いし。なんだかムダな1日を過ごしたよ。オレならこんな暮らしはムリだな。」
は?は?はー?
わたし、今まで色んな変な人に会ったことがあるけど、ここまで失礼な人はまれに見ないよ!本当に!
旦那もJeも怒るかと思いきや、軽く話題を変えて無視しているようだった。
しまいには、帰り際、ボートの移動でムダに遅くなったので泊まって行くと言い出し、わたしが恐ろしくて固まっているのをJeも察したようで、謎の男を引っ張るようにして急いで帰って行った。

どっと疲れたわたしは、いったいその日はなんだったのかと思い、ボート仲間達も変わった人が多いが、日々暮らしている日常にも変な人がいるもんなんだよなあとつくづく思った。
ん?待てよ。
旦那と2人でテムズ川の仲間達は安心できると話してコミュニティーに戻ることになったが、突然思い出した!またWを含めた仲間達に振り回される日々がやって来るのだ。
いいんだか悪いんだか。。。
これからのことはコミュニティーに移動してから考えよう。Wも父親になって落ち着いただろうし、Wの彼女のAも黙っていないだろうから、前のようにハチャメチャな暮らしではないはずだ。
わたしはそう思って、とりあえずカナル生活最後の一週間をのんびりと過ごそうと思った。
その時はまだWも仲間達も更にパワーアップしているなどとは気づきもせずに。
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あれよあれよと言う間にこうゆうことになった。

新しく始まった仕事は相変わらず暇だった。3月の終わり頃から4月の中旬にかけてイースター(復活祭)の時期がある。その頃にはどこの学校も2週間ほどのイースターホリデー、春休みのようなものになるので、その時期に期待するしかない。
そのホリデー期間を前に、大変なことが起きた。雪が積もった後に雨が降って、施設の屋根の腐っていたところが落ちて、施設内が水浸しになってしまったのだ。水はくるぶしが隠れるくらいたまり、建物全体を室内池に変えてしまったのだ。
専門業者に頼むと高くつくし、忙しい時期らしく作業しに来るまで2週間待つことになるという。そこでスタッフ総出で片付けることになったが、まったく手に負えず、結局専門業者がやって来たが、建物自体を大幅に直さないといくら水を除去したところで同じ事がすぐに起こるし、お金を使うだけムダだということになり、業者を使うのをやめた。使い物にならなくなってしまった遊具がたくさんあり、かなりの損害が出た。
とりあえずイースターホリデーの期間もあるので、小さな貸し出し用の部屋やスタッフルームを誕生会などに利用することにして、建物の本当に一部だけで営業を再開した。
でも、やはり、半分壊れかかった遊戯施設にいったいどんな親が子供を連れて行こうと思うだろうか?客足は更に減り、スタッフ達の出勤日数もまた更に減った。
わたしと旦那は危機感を覚え始め、今後のことを考えてこのビジネスから撤退することにした。雇用主も契約を結んで雇用した旦那とわたしが辞めると言ったので、悪いと思いつつも、肩の荷が下りたようだった。そして施設はすぐに週末のみの営業に変わり、夏を前にして閉店してしまった。

さて、わたしと旦那は辞めると言ってしまったものの。これからどうするのだろうか。わたしに関しては妊娠までしているので、雇ってくれるところがあるかどうかだ。
良く考えると安易に乗ったビジネス話だったし、人生はそんなに甘くない。オックスフォードまでボートを動かさなかっただけまだマシだ。
それでもまさか、たった2ヶ月あまりで路頭に迷うとは思ってもいなかった。あの元日の誓いはなんだったのだろう。。。。
とにかくわたし達はすぐに仕事を探さなければいけなかった。オックスフォードに通うためにボロ車まで購入してしまい、売ってしまおうとわたしが提案したが、旦那は車を持つことに味を占め、キープすると言った。
ラッキーだったことと言えば、雇用主が気を使ってわたしと旦那それぞれに1ヶ月の給料分の退職金を支給してくれた。それですぐに発電機を購入した。しかも、わたし達が夢にまで見たホンダの発電機だ。一緒にインバーターまで買ってしまった。これから産まれてくる子供のために必要な物を今のうちに揃えなければと思ったのだ。

その後すぐにわたしは一か八かで辞めたばかりの前の職場に連絡すると、マネージャーもスタッフもわたしが妊娠したことをとても喜んでくれて、職場に戻って来て産休まで取ったらいいのよと言ってくれた。そして、身重でのフルタイム勤務は大変なのでパートでもいいとまで言ってくれた。
旦那も前の職場に連絡すると、戻って来てくれるのかと、大喜びされてしまった。
ということで、わたし達は出戻り社員としてまたもとの職場に戻ることになった。
一体、本当にあの2ヶ月間は何だったのだろう。わたしも旦那も長い休暇から戻って来た気分でまたもとの暮らしに戻ったのだった。

ロンドンにゆっくりと春が訪れようとしていた。
もらったばかりの退職金は無くなってしまったが、またやり直すのも悪くない。とりあえず発電機が手に入って、電化製品が使える。これだけでもムダな2ヶ月ではなかったのだ。
「何事も起こるからには何か意味があるんだ。」
旦那は何かあるたびにいつもそう言うのだった。

まさかこのタイミングでっ!

2010年の1月、2月のイギリスは寒波に襲われ大雪が降った。カナル(運河)の水は完全に凍ってしまい、その氷の上をカモやリスなどが歩いていた。
辺りは白一面で空気が澄み、毎日おとぎ話の中にいるというのはこんな気分なのかと思うぐらいに美しい景色を見ることができた。
その反面でわたし達のボートはどこにも移動できなくなり、トイレの汲み取りや水の補給に行けなくなったが、ラッキーなことに働いている施設にシャワー室があったので、そこでしのぐことができた。

わたしは出勤数が週3日に減り、少し自分の時間ができた。そう思った途端、すごいことに気がついた。毎月周期的に来るはずのものが来ていないのではないか?一体何日遅れてるのだろう。。。?
妊婦のことなど忘れようと年越しに誓ってから本当にどうでもいいぐらいに忘れていて、手帳にもカレンダーにも何も書いてなかったのだ。でも、明らかに2ヶ月近くは遅れている。
わたしは焦った。どうしよう!どうしよう!
慌てて旦那に言った。
「あたし、40代に入る前に生理上がっちゃったみたい!」
旦那が「まさか!」と言う顔をしながら、妊娠検査薬で見てみたのかと聞くので、わたしはそんなものは持っていないと答えた。しかも、翌日購入しようという旦那に、わたしはお金の無駄使いだからやめようとまで言った。
それでも、そう言われると気になる。翌日、旦那が仕事に出かけるのと一緒に、わたしはスーパーに出向いて検査薬を買った。
早いうちに職場から旦那が電話をかけてきて検査したのかと聞くので、わたしは旦那が帰って来るまで待つと言った。一旦電話は切ったものの、5分後に旦那が電話をかけてきて、仕事が手につかないから、やっぱり今のうちに検査してみてくれと言う。仕事が手につくもつかないも、毎日暇でスタッフとお茶しながら喋ってばっかりじゃん、と思ったが、よっぽど気になるのだろう。わたしは検査薬を使うことにした。
すると、なんと!わっ!でた!陽性!
わたしはあまりにも驚いて、「で、出たー!!」と、一人で悲鳴をあげてしまった。そして何度も説明書を読み直す。間違えはなさそうだ。
急いで旦那に電話して陽性だったと言うと、旦那も「うわ、うわ、あう、あう。。」などと呪文のような言葉を発して、早めに帰ると言って電話を切った。
その頃旦那は、ちょうど自分とスタッフ用にコーヒーを入れていて、その途中でわたしから電話がかかってきて陽性反応が出たと聞かされたので、心底同様し手が震え、トレーに入れて運んでいたコーヒーがスタッフの前に出された時には半分以上溢れていたそうな。。。。

と言うことで、結婚5年目にしてわたしは妊娠した。はたと気がつくと、タバコを吸い始め、葉酸を飲むのを止め、正月3日間好きなだけ飲んでジャンクフードばかり食べて過ごした。まさかこんなタイミングで妊娠するとは。。。
後悔するより行動だと、また健康的な生活に戻った。今からでも間に合う。間に合うのか?
嬉しさと、動揺と、不安と、そして、喜びが一気にやってきた。今でも忘れられない特別な1日だった。

ちなみに、旦那はその日仕事を早めに終わらせて急いで帰宅する途中で、ポンコツ車が突然止まり、ロードサービスを呼んで結構な金額を請求され、夜中近くに帰って来た。そしてお祝いだとワインを買って来たのに、妊娠中なので飲まないとわたしに断られ、しょんぼりとしていた。
物事はいつも思うように進まないものだ。
また色々なハプニングが起きてドタバタしそうな予感がした。

新しいビジネスがついに始まった

正月が明けて一週間後にわたしと旦那はオックスフォードの新しい職場になる施設に出向いた。
中は室内の大きな遊び場と幼児用コーナーと食事もできるカフェ、外には遊技場とピクニックができるエリアもあり、施設内にはプライベートで貸し切れるような個室も2つぐらいあった。そして、スタッフルームも充実していた。
もともとそこは子供の遊び場の施設で経営困難に至って閉店し、それをわたし達の雇用主がそのままの状態で買い取ったのだという。
施設自体は申し分ないのだが、しばらく人の手が入っていなかったので施設内は本格的な掃除や改装が少し必要だった。それなのに雇用主は一週間後にオープニングパーティーをすると言って、わたし達は泊まり込みでその準備をすることになった。
なんとその一週間の間に新しいスタッフを数人募集して、面接し、オープニングパーティー当日から何のトレーニングもなしに働いてもらうのだそうだ。
なんだか全然何も計画されてなく、かなり行き当たりバッタリでいいのかと疑問に思いながらも、わたし達は一週間とにかくやれることをやり尽くした。

オープニングパーティー当日、どこから呼んできたのか三流芸能人までセレモニーに参加し、カフェも新鮮で無添加の食材を使い、ヘルシーなメニューと宣伝しておきながら、キッチンの設備が追いつかず、結局サンドイッチなどありきたりのメニューと出来合いのオーガニックスナックやケーキなどを無理やり揃えただけだった。
朝10時にオープンで、週末なのに昼ぐらいまで誰も客は現れず、午後にポツリ、ポツリと人が入り始め、とりあえず3時過ぎにはたくさんの人が集まってくれた。
わたし達の雇用主と旦那が必死でショーをしたり、三流芸能人が聞いたこともない歌を歌ったりして盛り上がったが、カフェの食べ物が追いつかず、わたしとスタッフは機械のようにサンドイッチとコーヒーを作り続け、レジ担当の雇用主の旦那は慣れない仕事に目が回ってしまい、ミスばかりしてメチャクチャだった。
実際わたし、どんなにイギリス生活が長いからと言って英語が現地人達に追いつくはずもなく、一度に色んなことを言われても意識が一瞬どこかに行ってしまったみたいになるので、相手がなんのことを話しているのか分からなくなり、ちょっと使えない人状態になってしまう。
ふー、こんなんだったら、先が思いやられるよ、と不安になってしまった。
無事になんとかオープニングパーティーが終了し、これから改善しなければいけない課題はたくさんあった。夜中近くまで後片付けとミーティングで、雇用主夫婦と旦那とわたしはほとんど寝てなかったが、翌日からまた気分も新たに仕事を再開しなければいけなかった。
翌日、前日の賑やかさはどこへやら、集客はたったの3家族ほどで静かに1日が終了したので、わたし達は久しぶりにまともにボートに帰ることができた。
夜7時に帰宅して、朝8時出勤。行きも帰りも旦那は運転をしなければいけないが、わたしはボウっと助手席に座っているだけなので、そんなに悪くない。まあまあやっていけそうだった。

オープンしてから3週間がたった。週末は少し賑やかになるが、平日はガラガラだった。
わたし達が働いていた施設は民家から少し離れた場所で、周りには工場や寂れた建物があり、バス停や電車の駅も離れていたので分かりずらく、車がなければ行けないようなところだった。客を呼ぶには時間がかかりそうな感じだったのだ。
日々あまりにも暇なので雇用主がスタッフの働く日数をしばらく減らすと言ってきた。旦那はメインなので週5日出勤のままだが、わたしを含め、あと3人いるスタッフが週3日に減ることになった。
わたしは少し安心した。スタッフ達とも慣れてきて雰囲気もいい感じにはなってきたが、なんだか毎日眠くて異常に疲れるので、体力的を取り戻すために日数が減るのは好都合だったのと、もともと時給が前の仕事の倍ほどだったので、週3日にしてもまだやっていけそうな給料をもらうことができたからだ。
その時、イギリスは冬真っ只中で例年よりも寒い冬だった。もう少し暖かくなったら客も増えて賑やかになるだろうと誰もが予想していた。
それが一ヶ月もしないうちに大変なことが起きて、思わぬ展開になることなど誰も思いつきもしなかったのだ。

プロフィール

スカイ

Author:スカイ
イギリスで旦那と娘3人でボート暮らしをしていた生い立ちを綴っています。
家賃も地方税も無い自由な生活を選んだはずが、なかなか大変なボート暮らし。大好きなお風呂にゆっくりと浸かることができる生活を毎日のように夢見て、早くボート生活から抜け出したいと思いながら結局7年間を費やしてしまいました。
めちゃくちゃなボート仲間達との暮らしも今はいい思い出です。

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