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2010年、わたしと旦那の新年の抱負

わたしと旦那は(たぶん)それぞれの職場の同僚達に惜しまれながら退職した。
新しい仕事は1月中旬から始まることになった。それまでに何度か打ち合わせに行くことになったが、とりあえず年を越すまでやることは何もないようだった。
わたしと旦那は自分達で選んでおきながら仕事を辞めてしまったことがショックだった。クリスマスも自由なんだか不自由なんだかわからない変な葛藤と期待と不安で、このままどうなるんだろう、いや、どうにかなるだろうと、そんな話ばかりして過ごした。

2009年12月31日、わたしと旦那は友達数人とで年越しパーティーのイベントに出かけた。
なんとなく不安定な気分でクリスマスを過ごしたが、正月も近くなると不安な気持ちにも慣れてきた。
イベント会場の入り口で並んでいる時に友達が来年の抱負は金持ちになることだと、かなりアバウトな目標を言った。旦那はビジネスを成功させて、ボートをオックスフォードに動かすことだと言った。
わたしにはクリスマスの辺りから決めていたことがあった。何も言わないまでも、わたしはいつも密かにいつ自分が妊娠するのだろうとか1人で毎月期待し、落胆していた。時々ストレスすら感じるぐらいだった。もしかして妊娠しているかもと思うと、お酒すら飲めなかったりした。医者に勧められて飲み始めた葉酸も約2年間毎日欠かさず飲んでいたが、意味のないものだと思い始めていた。
そして決めた。わたしの2010年の抱負は「妊娠のことは忘れる」だった。葉酸を飲むのを止め、お酒も飲みたいときに飲み、長いこと止めていたタバコを吸い始めることにした。とにかく、妊娠できるようにとガマンしていたことを全てやろうと決めた。
いい抱負というか、悪い抱負だ。
そう決めたら、年越しのパーティーが久々に自由で楽しいものになった。貧乏だけど、人生は楽しい。自分のために生きよう。好きなことをたくさんして行こうと思った。
年越しパーティー、皆それぞれが色んな想いを秘めて同じ曲でみんなで踊る。これ以上のものはないのだ。いい抱負だろうが、つまらない抱負だろうが、新しい年がハッピーなものになるようにと思う気持ちは誰も一緒だった。

華やかに新しい年を過ごし、わたしと旦那はその年の抱負を誓った。そしてその抱負も1ヶ月後には叶わないものになっているなどとは思いもせずに、2010年を迎えた。
2010年は、わたし達にとって特別な年だった。わたし達のボート生活が少しずつ少しずつ変わって行く始まりの年だったのだ。
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もしかしたら転機が訪れたのかもしれない

わたしと旦那は、長く勤めていた職場を急に辞めることになった。

2009年11月下旬のことだった。旦那はすごい話が舞い込んで来たと言って、慌てて仕事から戻ってきた。
旦那は本業の他に副業で少しだけエンターテイナーの仕事をしていた。子供の誕生会でショーをしたり、バザーなどで風船を作ったりするのだが、わたし達、広告を出せるほどの余裕もないし、ホームページを立ち上げれるほどのインターネットの設備もなかったので、いくつかのエージェンシーに登録して仕事が舞い込んでくるの待つしかなかった。
その中の一つのエージェンシーの夫婦が旦那を気に入ってくれて、大きい仕事を依頼してきたのだ。
そのエージェンシーは奥さんがエンターテイナーをしていて、ご主人は会社を手伝うという感じで成り立っているのだが、有名人やら雑誌やら、大きなフェスティバルなどから引っ張りだこ状態に忙しく、数年で雇用者が増え、テレビに出たりCDも出したりと、数年で大きくなっていった会社だった。そして、旦那の作る風船を気に入ってくれて旦那をスカウトして以来、家族ぐるみでの付き合いが始まったのだ。
そのエージェンシーが旦那に依頼してきた仕事というのは、近々子供の遊び場やレストラン、エンターテイメント会場などが一緒になった施設をオープンするので、その作業員件、管理を任せたいということだった。
場所はなんとロンドンから車で1時間半ほど離れたオックスフォードにあり、そこにボートごと引っ越すか、通うことになる。これは大きな選択なので慎重に決めなければいけなかったが、わたしも旦那も報酬の多さに目がくれて、すぐに退職届を提出し、旦那はボートをオックスフォード州まで動かすには時間がかかるからと言って、ムリやり小さいローンを組んで中古車以下のおんぼろ車を知り合いから買った。
車を買ってから気がついて、今いる場所は無料の駐車場が少ないので、ボートを無料の駐車場があるところまで移動することになった。
とりあえず、依頼された仕事がどこまで続くかわからないし、もしかしたら人生の転機になるかもしれないが、やってみないことにはどうなるかわからない。
わたし達はボート仲間達に、また戻って来るだろうからそれまで元気でと簡単な別れを言い、すぐに出発した。
今まで通ってきたカナルの経路をまた戻り、ロンドンの中心部を抜けて2週間でカナルに出てから2回目の停滞場所だったところに戻った。

カナルでの2回目の停滞場所の詳細です。
長かった1日

冬になると停滞期間の規制が緩くなる。特にロンドンの中心部から少し離れると、下手したら同じ場所で一冬越せたりする。無料の駐車場がいくつかあったので、わたし達はとりあえず今いる停滞場所で新しいビジネスが定着するまで過ごすことにした。
ビジネスが上手く気流に乗ったら、オックスフォードまでボートを動かすことになる。慣れ親しんだロンドンの生活とも仲間達とも離れてしまうのだ。
そして、わたしと旦那の仕事もクリスマス前に終了する。
これからどんなことが始まるのだろうか。長く勤めてきた仕事を辞めて良かったのだろうか。ビジネスはうまく行くのだろうか。わたし達の選択は正しかったのだろうか。不安ばかりが過った。
ボート生活を始めたとき、居心地の良かったテムズ川のコミュニティーを離れる時、いつも不安だったが、場所にも仲間達にも恵まれ、いつもなんとかなったのだ。今回も上手くいく。
わたしはそう信じて次の新しい環境に飛び込んで行くしかないのだ。

この後、わたし達に思いもよらないことが待ち受けていたとはわたしも旦那もまったく知る由もなく、不安と期待が入り混じった気持ちでその年のクリスマスを迎えようとしていた。

わたしが家出している間になんとかなっていた

わたしがボートに戻ると旦那はまだ帰っていないようだった。
ボート仲間達が外でくつろいでいて、わたしを見るなり「家出妻が帰って来たー。」と言ってみんな笑った。
MAの彼女が「わたしも彼に愛想尽かして出て行ったことあるの。」と言って同情してくれた。
なあんだ。あたしが家出したこと旦那はみんなに言ってたんだ。ってことは、旦那は気にしてたのか、それともおもしろがってたか、どっちだ?

ボート仲間達と話していると少しして遠くから旦那らしき人が見えた。台車に何かを積んで重そうにゆっくりとこっちにやって来る。
なんだろう?まさか発電機?いやいや、わたし達には絶対に発電機を買えるお金なんてない。
ってことは、旦那は何を一体運んでるんだろう。
旦那はわたしを見るなり、「風呂でも入ってゆっくりしてきたかー?」と言った。
旦那、そこは謝るところだろう。。。
それよりも、旦那が持って来た黒いプラスチックの箱3つ、それはなんなんだろう。
「ANが安く入手できるっていうから、バッテリーを買ったんだ。」
え!?一体どこにそんなお金が!?
旦那は続ける。「今バッテリー買いに行って、ANに車でそこまで送ってもらったんだ。また明日部品を調達してエンジンを直しに来るって。」
なんだ、なんだ!?たった数日の家出をしている間に何があったんだろう??
聞くと、わたしが出て行った翌日、旦那はテムズ川の仲間の一人、エンジニアのおじさんANにどうやってエンジンから部品を取り出すか聞くために電話をしたら、わたしが家出したと聞いたANが旦那に同情してすぐにエンジンを見に来てくれたのだと言う。そして、すぐに部品を取り出し彼の仕入先に連絡すると、部品はすぐに発注してくれるそうで、ついでにバッテリーも2つ以上買うと安くしてもらえる話をつけてくれたのだそうだ。
うーん、こうなるのを分かっていて旦那はのんきにしていたのだろうか?
ブチ切れて家出したわたしの立場はいったい。。。。
それにしても、旦那の銀行の残高は確実にマイナス、下手したらマイナスの限度額を超えてるかもしれない。。。。
そうだとしても、やはり発電機を買うよりは安いし、エンジンの負担も減る。もちろんディーゼルの節約にもなる。仕方がないとしか言いようがない。

翌日、ANは部品を持ってエンジンを修理しに来てくれた。
ロンドンの南から北までわざわざ来てくれたのだ。しかも、無償でやってくれると言うので、恐縮した旦那がビール6本と有り金を叩いていくらかお金を渡した。
わたし達のためにエンジンを直しに来てくれたANに、わたしはすごく感動した。ANは相変わらず犬の毛をジャケットやジーンズにたくさんつけて、いつ洗ったのか分からない脂っぽく長い髪でホームレスさながらの身なりだったが、優しくて気さくで、わたしは安心できた。
またあの騒がしいテムズ川のコミュニティーを思い出し、いつかあそこに戻りたいとも思ったりした。(戻ったら戻ったでまた問題ばかりおこるのだが。。。)

バッテリーは3つともしっかり充電してあって、3日は持つのだそうだ。
発電機をいつか無事に購入できたら、バッテリーをもう2つぐらい増やしたいと旦那は言った。
ええー、まだなんか必要なの!?貧乏生活がいつまでも続きそうで気が遠くなりそうになった。
発電機が壊れてから嫌なことばかり続いたが、今回はANのおかげでなんとかなった。ボート仲間がいなければ、わたし達は一体どうなっていたのだろう。
そして、わたし達のボート生活が快適になるのは本当にいつのことやら。

旦那にキレたので家出してみた

旦那も旦那の友達も泥酔してる上に、草むらかどこかで寝たのか知らないが、体半分以上に乾燥した泥らしきものがついていてすごく汚い!
はっきり言って中に入ってきて欲しくない。
旦那はその汚い状態のままベットに倒れこむと、一瞬にして大イビキをかいて寝てしまった。
旦那の友達はウイスキーのボトルを片手に、よくマンガで見る酔っ払いのおじさんみたいに座った目でわたしに言った。
「ウイスキーでも飲むかー?」
って言うか何、この状態!?
わたし、もう完全にキレた!
「Fxxx OFF!!」
わたしは旦那の友達に大声でFワードを発したあと、ケータイとカバンだけ持ってボートを出た。もう、こうなったら家出だ!
その時旦那の友達はポカンとなっていたに違いない。でも、そんなことなんてどうでも良かった。わたしは怒りで発狂する代わりに、全力で走り出した。近所のボート仲間達も、わたしが全速力で走り抜けていくのを、これもまたポカンとして見ていただろう。
本当に、本当にムカつく!
とりあえず気がすむまで走り終えてから、わたしは決めた。エンジンが直って電気が使えるようになるまでボートには帰らない。
ちょうど良く、すぐ近くに職場の上司の家があった。彼女は日本人でわたしより一つ年上で、わたしの生活にとても理解があった。そして、ボートから近いので、わたしはよく遊びに行っていた。
彼女に電話をすると、すぐにうちに来てゆっくりお風呂にでも浸かったら、と言ってくれたので、完全にお言葉に甘えることにした。
翌日、わたしは上司と一緒に出勤して、そのまま上司の家に帰った。その間、ケータイの電源は切っていた。旦那とは話す気にもなれなかったし、少しはわたしが家出して後悔と反省をして欲しかった。

夜になって上司が、旦那が心配するので電話してあげたらと言うので、仕方なく旦那に連絡をした。
旦那「なんだか急に出て行ったらしいなあ。」
ただ出て行ったのではない。家出したのだ。
旦那「どうせ、職場の上司の家にいるんだろう?彼女にあまり迷惑かけるなよ。」
わっ!バレてる。
わたし「心配してないの?」
旦那「何の心配だ?まあ、電気が使えるまであと1、2日ほどそこにいるほうがいいかもなあ。」
旦那よ、妻が愛想尽かして家出していると言うのに余裕ではないか。

上司は問題が解決するまでいていいと言ってくれたが、翌日、たぶん電気はつくだろうから帰っておいでと旦那が言った。
えー、もうすでに部品も注文してエンジン直りそうなの?
わたしは疑いの思いでボートに戻ることになってしまった。

そして、わたしの家出もたった3日目にして終了してしまったのだった。

なんと、今度はエンジンが壊れてしまった

2009年10月、ロンドンは秋真っ只中。わたし達が停滞していた場所は自然に囲まれていて、イギリスの紅葉を楽しむことができた。
発電機がない生活が始まって3週間ほどがたった。
旦那はテレビを毎日見るのをやめた。ケータイとパソコンを充電するために一日置きにボートのエンジンを2時間ほどつけるので、その時だけはテレビを見ることができた。
エンジン音と振動の中でこの生活はどれだけ続くのだろうかと思っていたら、それもすぐに終了してしまった。

エンジンが壊れたのだ。

それはそうだ。エンジンはボートを動かすものであって、ボートを充電するためだけにあるのではない。壊れたっておかしくはない。
ということで、わたし達はケータイが充電できないどころか、ボートまでも充電できなくなった。と同時に電気もつかないし、電気で水を組み上げるモーターも動かなくなるので水も使えなくなる。急いでエンジンを修理しなければいけない。

旦那がエンジンをチェックしたが、直すには特別な部品を買い換えなければいけないようだった。そして交換作業は少し難しい部分なので、旦那は自分で修理するのには限界があると言うのだ。
エンジンが壊れたのはよりにもよって金曜日の夕方だった。いくつかのボート専門店に電話で問い合わせてみたが、部品を今から注文しても週末なので早くても月曜日、下手したら一週間ほどかかると言う店もあった。
とりあえず難しい場所にある部品を旦那が取り出して、部品番号だか部品名だかをはっきりさせないと注文さえできないようだった。
旦那は部品の取り外し作業に自信がないのかなんなのか、なかなか部品を取り外そうとしない。
わたしにしてみれば、土曜日のうちに部品を取り外して、一刻も早く新しい部品を注文する手続きをとって欲しかった。それでなくても不便なボート生活、これ以上の不便なんて冗談じゃない。

土曜日の朝、このままだとその夜にでも充電がなくなりそうなのでわたしが心配していると、旦那がのんきにありえないことを言った。
「今日は友達の誕生日だから、そいつと飲みに行くってことになったから出かけるんだけど、一緒に来ないか?」
は?エンジンを直さなきゃいけないからお金をセーブしなきゃいけないのに飲みに行くって、一体。。。旦那は翌日休みだったが、わたしは仕事があるので、わたしは誘いをすぐに断った。
旦那が言う友達とは旦那の幼なじみなので、まさか彼の誕生日に出かけるなとは言えない。
わたしは一人で充電の切れかかったボートで過ごすことにした。
夜8時を過ぎると照明が徐々に暗くなってきた。そろそろ水も使えなくなるので、わたしは急いで歯を磨いたりした。電気がもったいないのでロウソクをいくつかつける。そして、職場でケータイを充電することにして、充電器をカバンに入れた。
それから、特にやることもなくなってしまったので、さっさと寝ることにした。
旦那はいつ帰って来るかわからないので、せめて翌日にでもエンジンの部品を取り外して欲しいと願いながら眠りについたのだ。

翌日、だいたいの予想はついていたが旦那はまだ帰ってきていなかったので、わたしは仕事にでかけた。その朝すでに電気も水も使えなくなっていたので、わたしはどうしても旦那にエンジンをなんとかしなければと言わなければいけなかった。
休憩時間に旦那に電話をする。昼頃にはいくらなんでも戻っているだろうと思ったが、旦那は電話にでなかった。仕方がないのでわたしはメッセージを残す。それでも返事がないので午後にまた電話をすると留守番電話にすぐに切り替わった。どうやら旦那のケータイの充電が切れたらしい。
しかたなく夕方にそのまま帰宅すると、旦那はいなかったのだ。まさかまだ帰って来てないということはないだろうなあ、どこかに行っているのかなあと思っていると、旦那が帰って来た。旦那の幼なじみと一緒に。しかも、二人共ベロンベロンに酔っ払って戻って来たのだ。。。。。
わたし、絶句。。。。
この状態だと、絶対に旦那がエンジンから部品を取り外す作業をしていたとは到底思えない。
わたし達、一体どうなるのだろうか。。。。

次回に続きます。
プロフィール

スカイ

Author:スカイ
イギリスで旦那と娘3人でボート暮らしをしていた生い立ちを綴っています。
家賃も地方税も無い自由な生活を選んだはずが、なかなか大変なボート暮らし。大好きなお風呂にゆっくりと浸かることができる生活を毎日のように夢見て、早くボート生活から抜け出したいと思いながら結局7年間を費やしてしまいました。
めちゃくちゃなボート仲間達との暮らしも今はいい思い出です。

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