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Aの妊娠 続き

Aが妊娠したと言うことを誰にも言わないで欲しいと、彼女から口止めされていたので、旦那が帰って来たとき、わたしは何事もなかったように振舞った。それなのに、旦那が「A、妊娠したんだって。」と言ったので、びっくりしてどこからその情報を入手したのかと、慌てて問いただした。
どうやらAはわたしと別れた後、自分を抑え切れなかったのか、Wに告知したらしい。そして、大喜びのWは、自分が父親になるのだと旦那に張り切って電話してきたと言うのだ。流れが速すぎる。
わたしは旦那に、それをAから聞いて、さっきちょっと泣いちゃったんだと言うと、旦那がイラついたように言った。
「なんで泣くんだ。ヤキモチか。友達の妊娠も一緒に喜んであげられないような人間になったのか。」
がーん!
そんなふうに言わなくても。と言うか、ここは、そうだねと言って優しい言葉をかけてくれるところなのではないのか。
実際、子供が欲しいと切に願っているのはわたしだけだった。旦那は子供ができたら嬉しいが、できなければそれはそれでいいと思っていたのだ。だから、わたしのこの微妙な心理状態やストレスをまったく分かってくれない。
日本語と英語、互いに違う母国語を持ち、それでも旦那はわたしがうまく表現できないことまで理解してくれた。同じ日本人でも分かり合えないこともあるのに、旦那はいつもわたしを分かってくれて、そばにいてくれた。わたしもそうだったと思う。だからわたし達は結婚したのだ。
なのに、このときばかりはわたしの気持ちを理解していないようだった。わたしの英語力では上手く伝えられない。旦那なのに。
そんなことなど気づきもせず旦那は言った。
「AもWも今の状態で子供なんかできて、どうやって育てるんだ。ボートも古くてオレ達のより狭いし、経済的にもギリギリだろう。」
すぐに産まれるわけではないので、それまでになんとかするだろう、とわたしが言うと、旦那は言った。
「どう考えたってAが子供欲しさに計画的にやったんだろう。Wはまた騙されたんだ。」
うーん。わたしも本当はそう思う。
WはAと出会う前にも似たようなことがあった。そのときの彼女は40を超えていて、Wと付き合い始めて数カ月で妊娠が発覚した。そのときもWは浮かれていたのだが、彼女はそのままどこかに行ってしまった。そして、自分はどこに居るとも明かさず、無事に男の子を出産したとメールだけしてきた。子供はもう2歳くらいになっていると思う。
わたしは、Aは行方をくらましたりはしないまでも、計画的だったのは確かだと思った。
でも、それが悪いことかなんて誰に言えるのだろう。Aは今決断しなければ、望んでいたものが手に入らないかもしれないのだ。
旦那は、親友が女の身勝手で利用されているのが気に入らなかった。
Wだけではなかった。旦那の友人で、何人か同じような経験をした人達を旦那は知っている。妊娠したと分かった途端、彼女達は行方をくらましてしまったり、子供を産んで、子供ごとどこかへ行ってしまったり。
いなくならないまでも、母親になった途端、彼氏を束縛したり、子供を盾にコントロールしようとしたり、旦那は嫌と言うほど悲しい友人達の嘆きを見て、聞いてきた。だからか、Aの妊娠にも敏感だった。
それは彼女達のせいではなく、彼女達のDNAやホルモンが彼女達をそうさせているので、絶対的に彼女達が悪いわけではないかもしれないとわたしが言うと、DNAなどと難しい単語が出てきたので、旦那はポカンと口を開けて少し硬直してから、もう議論するのをやめた。

しばらくして、外が騒がしいので出て見ると、Wがボート仲間どころか、川沿いを歩く人達にまで「オレは父親になるんだ!」と叫んでいた。
旦那にも、今日は祝いだと言って、ビールを渡している。
Wの過去に何があろうが、旦那の友人達が自分達の子供に会えなくて寂しい思いをしていようが、今はWが喜んでいるのだからいいではないか。
旦那もそう思ったらしく、有頂天になっているWに付き合って、またその夜も飲み明かして過ごした。
わたしはAの嬉しそうな顔を見て、本当に良かったと思った。初めてまともに「おめでとう。」と彼女に言って、ハグをした。
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Aの妊娠

イギリスの夏はあっという間に終わる。わたしは毎年、ロンドンで恒例のノッティングヒルカーニバルが終わると不思議に肌寒くなってきて、夏が終わったのだという気がする。

2008年9月のある日、わたしとAはいつものようにコインランドリーに行った。
洗濯を待っている間、特にすることもなくおしゃべりしたり新聞を読んだりするが、その日はAがカフェに行きたいと言うので付き合った。
席に着くとコーヒーが運ばれてくる前にAは、絶対に誰にも言わないでねと前置きしてから、実はWの子を妊娠しているらしいと言うのだ。
わたしはびっくりした。わたしはその時点で35歳、Aは36歳。前に子供は欲しいが、年も年だしという話をAとしたことがあった。それもつい最近だった。
そんな話の後にAが妊娠するとは。
Aは検査薬を使って陽性が出たが、ドクターに見てもらってはっきりとしてからWに言いたいので、Wにも旦那にも、もちろんボート仲間達にも内緒にして欲しいと言った。
そして、Wが怒るのではないかと心配した。
「わたし、絶対に子供が欲しいの。Wは予想もしていないだろうし、怒られたらどうしよう。」
心配しながらも、Aは嬉しさを隠せないようだった。
妊娠していると分かった今までの経過や、喜び、それからWはどんな顔をするかなど、洗濯の待ち時間中、マシンガンみたいにAは喋り続けた。
わたしはその間、雲の上で地上の話を聞いている気分だった。彼女が妊娠したという事実以外は何も頭に入って来なかったのだ。
今思えば、「良かったね。」の一言すら言わなかったような気がする。

洗濯が終了すると、わたし達はそれぞれのボートに戻った。わたしはキレイになった洗濯物が入った大きな袋を床にドシンと置くと、ボートが心なしか揺れた。
さっきまでAの話を聞いていたので、独りになって急に静かになった。ソファーに座り込むと涙が流れてきた。無気力状態の脳で流れる涙は、わたしにはコントロールすることができなかった。
旦那と結婚してボートを買うと決めるまでの2年間、わたし達はどうして子供ができないのだろうかと考え、病院に行って検査したが、特に何の問題もなかった。とりあえずドクターは、まだ結婚して2年しかたっていないので、もう少し様子を見ようと言った。わたしは自分の年齢のことも心配なので、ドクターの言葉がもどかしかった。
子供ができないことで、わたしはかなりのストレスを溜め、毎月泣くことに嫌気がさしてきて、どうせなら旦那と自由に生きようと決断した時は、掴めそうな大きな夢を諦めるかのように、何かすっきりしない気持ちでいた。
ボート生活が始まり、そんなことはすっかりと忘れていた。これからのことよりも、今の状態のことを考えなければいけない日々だったからだ。
それなのに、Aの妊娠で、また前の苦しみが蘇ってきていた。
もちろん、友達が妊娠したことは嬉しい。Aだって誰よりもずっとそれを望んでいたのだ。わたしだって友達の赤ちゃんを見て、成長する姿を思うとワクワクする。
わたしが悲しくなるのは自分にだった。誰かにあり得ることが自分にはあり得ないという事実に失望した。
泣いてもどうしようもないのだが、黙っていても涙が止まらないので、わたしはそのまま泣きながら洗濯物をしまったり、掃除をしたりした。
身の回りが整頓されると、気分も落ち着いた。
今の状態で子供が欲しいなどと言っている余裕はない。やることはたくさんあるし、旦那という心強いパートナーがいて、友達もたくさんいる。今の自分にある物をいっぱい好きになって、自分に失望するのはやめようと思った。
少し泣いてスッキリするなんて、わたしもなかなか単純なものだ。

少しして旦那が帰って来た。
なんと、旦那はなぜかAの妊娠情報を持って帰ってきたのだ。
いったい、どこから?

次回に続きます。

怪しいプレゼント

テムズ川も夏真っ盛りになってきて、旦那含め、ボート仲間達はほとんど休まず外で遊び続けた。
わたしはAと、Jというボート仲間の彼女とその光景を見ながら河原に座っていた。
ふと足元を見ると、わたしのスニーカーの底が剥がれかかっているではないか。
そういえば、自分の身の回りの物などしばらく何も買っていなかった。化粧品ですらスーパーで一番安いのをセコく使っていた。
周りには可愛い服を着て、ステキな靴やバックを身に付け、美容院やネイルサロンで自分をキレイにしている人達がたくさんいるのに、わたしは何が悲しくて発電機やインバータを買うために節約しなければいけないのだろう。
薄汚れたスニーカーを見ながら、わたしは切なくなった。
目の前では、ボートの横を通り過ぎて行くお姉さん達にボート仲間達が声を掛けている。と言うか、ナンパだ。わたし達、女3人は横で体育座りで見ている。
ねえ、ねえ、わたし達だって一応女なんですけど。。。と言っても、3人共髪はボサボサで、薄っぺらなTシャツに短パン、またはジーンズだ。わたしなんてスニーカーまでボロだし。
それでも3人共、どうしようもないパートナーを支えながら色んな事を我慢して生きているのだ。こっちの方が輝かしくないですか?
と思ってみても、やっぱりキレイにしているお姉さん達はかわいい。わたし達女3人はそんな光景を横目に、日陰でダラダラしている。
やることはたくさんあるのだが、暑いときに余計に動くと汗をかいてシャワーを浴びなければいけないので、水節約のためにやらなければいけないことは日が暮れて涼しくなるまで待つのが一番だ。そんなことを考えながら生きる女って。。。

Aは夏のボート生活が大嫌いだ。彼氏のWがナンパばかりしだすからだ。旦那含め他のボート仲間達もWに便乗して、お姉さん達をボートに乗せてどこかへ行ってしまう。旦那はもてないからか、わたしが怖いからか、キリがいいところで他の仲間達と帰って来るが、Wは帰って来ないのだ。だからAは夏の間中ずっと不機嫌だ。
そしてJも不機嫌だ。彼女もボートのローンを払うために毎日節約して、彼氏のTは仲間達と遊んでばかりだからだ。
彼女達が不機嫌なので、とばっちりは何故かわたしに来る。面倒だと思っていたある日、旦那とWとTが萎れた植木鉢3つとワインを3本持ってどこからか帰って来た。そして、わたし達にプレゼントだと言ってそれらを一つづくれた。
植木鉢には小さい花が申し訳なさそうに咲いている。
わたしは、彼らの頭がどうかしてしまったのか、それとも最近AもJも機嫌が悪いので、機嫌取りかと考えていると、AもJも素直に喜んでいた。そして嬉しそうに植木鉢を抱えて「ビューティフル!」などと言っている。
わたしはお世辞にもキレイと言えないような植物を抱えて、何なんだろうと疑いながら礼を言ったが、とりあえず花とワインで意図も簡単に二人とも機嫌が良くなったので、ホッとした。

その夜旦那が言った。
「あの植木鉢、その辺の家でいらないから持って行ってくれって張り紙があったから、持って来たんだ。しかも、ビールを買いに行ったら、安いワインが更に3本買ったら2本分の値段になっていて、今日は得したなあ。」
やっぱり、そんなもんだと思ったよ。どうせWのことだから、これで安くあげてAの機嫌をとっておこうとプレゼントってことにしたんだろうなあと、勝手に推測した。
わたしは旦那にそのことはAとJに知らせない方がいいと言うと、旦那は「無料でも安くても、プレゼントはプレゼントだろう。」と言うので、女心を配慮して言ってはいけないこともあるのだとわたしが言うと、旦那は不思議な顔をした。
わたしだって、言いたいことがあるが、言わないでいるのだ。
機嫌取りもいいけど、ビールやワインにお金を使うんだったら、旦那よ、わたしに新しいスニーカーでも買ってください。。。と、本当は言いたいのだ。
わたしは萎れた花がぶら下がってる植木鉢とワインを横目に、スニーカーの底を接着剤で貼り付けて直した。


コンセントの交換

ボート生活を始めてから、いつの間にか旦那と電気屋のSはとても仲がよくなっていた。旦那は何かあるとWよりも先にSところに行っていたし、Sもそうだった。
ある日Sが、ダイアモンドの電気のコンセントを12ボルトから240ボルトに変えると言った。
わたし達はWの発電機から直接延長コードを繋いで、窓を少し開けてその隙間からコードをボートの中に入れて使っていた。冬は寒いが、使う電気機と言えばテレビとケータイの充電ぐらいなので、あまり不便を感じていなかった。
それでもSが急にやる気になったので、ありがたくお願いすることにした。
Sは電気屋だが、電気機器を売っているわけではない。主に配線工事などが主流だ。信じられないことに、あの有名なウィンブルドンのテニスの電気機器設置などは、毎年彼が任されているのだ。

コンセントの交換は旦那とSが休みの土曜日に決まった。わたしはあいにく仕事だったので、残念ながらその経過を見ることができなかった。
仕事から戻ると、歩いて来るわたしを見つけた旦那は、嬉しそうにわたしに早く来いと催促した。ボートの中に入ると誇らしげに全部で3つあるコンセントを見せて回った。
ちゃんとプラグが家庭用の差し込み口になっている。
コンセントのカバーと必要なコードを購入したが、すごく安かったのだという。
そして旦那の自慢は全て自分でやったということだった。Sが支持だけしてくれたら、旦那は自分で全てやりたいと言ったのだ。それをやり終えた旦那は、非常に満足そうで、嬉しすぎて親や兄弟にも電話して自慢した。
そのうえSまで、旦那はよくやっただの、今まで雇ったアシスタントの誰よりもセンスがあるだのと適当なことを言うので、旦那は更に舞い上がってしまった。
実際聞いてみると、実はとてもシンプルな作業だったのだが。。。

まあ、そんなにすごいのなら、ぜひ今日から使おうとわたしが言うと、旦那はまだ使えないと言うのだ。
どう言うことだろう、今度は何が必要だって言うのだ?
S曰く、インバータと言う電力変換装置が必要で、ダイアモンドについているのは12ボルト用の物なので、家電は使えないのだと言う。ついでにバッテリーとそれを充電する機械も必要で、それがあれば発電機で作った電力を充電して、発電機なしでも家電が使えるのだという。そうしたら、もっと経済的に燃料を使える。
ふう。。まだまだ購入しなければいけないものがあるのだ。
気が遠くなる。

結局その夜も今までと変わらず、窓の隙間から垂らしてある延長コードを使ってテレビを見たりケータイを充電した。
何か大きく変わったようで、何も変わらない。
それでも旦那は大満足で、その夜は何度も240ボルト用のコンセントを見ながら満足感に浸っていた。

また壊れる


春も真っ盛り、もう少しで6月になろうとしていた。
ボート生活を始めてから8ヶ月も経ったのだ。そのわりにはわたし達の生活は当初とあまり変わっていなかった。まったく進歩がないのだ。わたしの銀行口座はマイナスまではいっていないが、少し気を抜くとマイナスになりそうな勢いだし、旦那なんてその時点でまだマイナスから抜け出せないでいた。
家電のプラグは12ボルトのままだし、発電機だってWのを使わせてもらっている。シャワーやエンジンは直ったが、これらだって壊れるにはまだ早い。
切り詰めた生活を更に切り詰めて、少しでも貯金をしておかなければ。
そう思った矢先、また壊れたのだ。今度はボイラーである。

ジムの契約も切れてジムを脱退したので、シャワーはボートで浴びることになった。
少しして、急に水が熱くならなくなった。お湯はエンジンでも作れるが、エンジンが故障したらガスで沸かすこともできる。でもボイラーが壊れたら、どうやってもお湯は作れない。
ALもSも見てくれたが、どうやらボイラーが古過ぎて動かなくなったので新しいのに買い換えなければいけないらしい。日本円だと6,7万円はする。
ムリだ。どう考えても今の状態ではボイラーは買えない。
わたしはまたジムに加入すると主張したが、旦那はジムに使う分を貯金して、暖かくなってきたので水でシャワーを浴び、寒くなる前にボイラーを買うと言った。
寒くなる前と言っても、イギリスは9月に入ると肌寒くなってくる。3ヶ月程度でどれぐらい貯金できるのだろう。でも、旦那の言うとおり、少しガマンすればいくらかは貯金できる。そして少しムリしたらボイラーを冬前に買えるかもしれない。
わたしは泣く泣く旦那に同意した。

6月になって日がかなり長くなってきた。夜の9時を過ぎても夕方並みに明るい。それでも気温は低い。20度前後だ。気温の低い朝や夜にシャワーを浴びると心臓麻痺で死にそうなので、昼間の暖かいときにシャワーを浴びなければいけない。ということは、夏らしくなるまでシャワーは休みの日にしか浴びれない。
気温が上がったとしても、水のシャワーは結構キツい。
わたしはいちいち「ひいい!」と言いながら、旦那は「うおおー!」と叫びながらシャワーを浴びることになった。

今度は一体、何が壊れるんだろう。そう考えると恐ろしいを通り越して、脱力状態になる。
貧乏というのはかなりの修行だと思った。


エンジアのAL

エンジンが壊れた翌日、わたしが帰宅するとANがエンジンを見に来たと言ったので、わたしは驚いた。いつもなかなか重い腰を上げない彼なので、すぐに来てくれるとは思ってもみなかった。
それでエンジンは直ったのかと聞くと、直っていないという。
旦那が言うにはANはエンジンを見ただけなのだと言う。
は?見ただけなの?
そうなのだ。エンジンを直すと言ってやってきて、まずビールの缶を開け、よいしょと川辺に腰掛けてどうでもいい話を始め、旦那がいつ作業を始めてくれるのかと思っているとまた次のビールの缶を開け、よし、エンジンでも見るかと言ってエンジン室の中を覗いて、暗くなってきたので何も見えないから明日また来ると言って帰って行ったのだそうだ。
は?一体何しに来たんだろう。。?
ANのボートは正月明けまでにわたし達がいたテレタビーランドに止めてあり、ボートで来ると10分、15分ほどだが、わざわざこれだけのために余計なガソリンを使ってここまで来て、帰って行ったのだ。わけがわからない。
ANは何度か同じことを繰り返してから、やっとエンジンを直してくれたが、お金をもらって仕事をする時は、ちゃんと仕事を予定通りにしているのか心配になる。

ANは天才的なエンジニアだ。車だろうがボートだろうが、作業を始めたら簡単に直してしまう。
壊れて使い物にならなくなった発電機を二つ合わせて、まともな発電機を組み立ててしまうほどだ。
ダイアモンドを直すときも、エンジンのかかりそうでかからない音を聞いただけで故障の原因が分かったらしい。
エンジニアなら誰でもいいだろうと思うが、彼を信頼してわざわざ海外まで彼を連れて行って仕事をしてもらう客もいるほどだ。
経験豊富でしっかりとした技術を持っていながら、彼はいつもホームレスのような身なりでギリギリの生活をしている。
なぜだろう。答えは簡単だ。彼はマイペースすぎるほどのマイペースで、究極の面倒臭がりやなのだ。
わたしが始めて彼と会ったときはびっくりした。
ALは小さな釣り用ボートに犬、しかも大型のシェパード犬二匹、猫二匹と一緒に暮らしているのだ。50代後半で白髪混じりの油っぽい長髪でガリガリに痩せていて、服は動物の匂いと毛だらけ。誰だって「始めまして」と挨拶されたら、ちょっと戸惑ってしまう。
ALはバカ騒ぎなどしない。いつも静かに仲間達が騒ぐのをビール缶片手に陰で見守っている。真剣な顔で何を考えてるのだろうかと思えば、急に笑顔でわたしに話しかけてきたりする。しかもなぜか「ダーリン」とわたしを呼ぶ。もしかしたらわたしの名前を覚えていないのだろうか。。。
わたしと旦那がケンカした翌日、卵をケースごと差し入れてくれたのはALだった。わたしが困っているときは、快く助けてくれる。すごくすごくいい人なのだ。

ある日ALとゆっくり話す機会があった。
久しぶりに頭を洗ったから、髪がサラサラだろうと嬉しそうにALは、道ばたで会ったときに言った。翌日娘に会うからシャワーを浴びたのだと言う。
彼には離婚した奥さんがいて、20代の娘が二人いる。嬉しそうにケータイの写真を見せてくれた。とても美人な姉妹だった。
彼の母親も近くに住んでいるという。大きな家で、庭でくつろいでいる彼の母親の写真は、ALが育ちのいい家庭で育ったのではと思わせるようなものだった。
それなのに彼は、小さなボートでペット達に囲まれて生きることを選んだのだ。
エンジンの油で真っ黒に染まってしまった彼の手を見ながら、ホームレスみたいに見えるただのおじさんも、色んなことを抱えて生きているのだと思った。
ALがビール缶片手に歩いている。通りすがりの人達が彼を大きくよけて歩いていく。わたしはしっかりとALの隣にくっついて歩いた。
「オレと歩いてるのを友達なんかが見つけたら、誰も話しかけてこなくなるんじゃないか。」
ALが冗談っぽく言うので、わたしは笑った。
大丈夫。それでもわたしはALの隣にくっついて歩くから。
ALの白髪混じりの洗いたてのワンレングスがなびいて、後ろから見ると女二人が歩いているように見えるだろうなあと思って、思わず笑いそうになった。
プロフィール

スカイ

Author:スカイ
イギリスで旦那と娘3人でボート暮らしをしていた生い立ちを綴っています。
家賃も地方税も無い自由な生活を選んだはずが、なかなか大変なボート暮らし。大好きなお風呂にゆっくりと浸かることができる生活を毎日のように夢見て、早くボート生活から抜け出したいと思いながら結局7年間を費やしてしまいました。
めちゃくちゃなボート仲間達との暮らしも今はいい思い出です。

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