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旦那とケンカ

クリスマスも直前に迫っていた。
がんばって働いた甲斐があって、わたしも旦那も少しだけだがボーナスが入った。旦那の家族へのクリスマスプレゼントは、毎年2人でお金を合わせて買う。わたしは義姉と義母と電話で打ち合わせして、子供達(旦那の甥や姪)へのプレゼントをどうするか決め、大体の出費額を計算した。そして、電車のチケットなども確保した。
ボートを購入するときに、わたし達の口座はマイナスになってしまった。限度額ギリギリまでマイナスにしてしまったので、プラスに戻すまでわたしはかなり節約していた。ボーナスが入っても、このまま正月が来ると思うと、またマイナスに後戻りするのではないかと不安になった。
いったい旦那の銀行口座はどうなっているのかと旦那に聞くと、大丈夫だと言うので、わたしはそれをそのまま信用した。
それなのに。。。。。
わたしは旦那の口座引き落としの領収書を見つけてしまった。キッチンに誰でも見えるように置きっ放しにしてあったのだ。
あれ?あれれ??マイナス限度額超えてるではないか!ボーナスもらったばっかりで?ねえ、正月と、あと一ヶ月分の生活、どうするの?
しかも、マイナス限度額超えたら30ポンドほどの罰金みたいなものが引かれるはずだ。
わたしはすぐ外で仲間達とツルんでいる旦那にわざわざ電話をして中に入るように言った。
旦那はビール片手に無邪気にやって来た。
旦那の口座の領収書を持って立っているわたしを見て、旦那は逃げようとしたので、わたしはついにキレた。
今日この日まで、わたしは一人で切りつめてがんばってきたというのか。コインランドリーも高いので、職場に下着を持って行ってこっそりトイレで洗ったり、電車は高いので、時間をかけてバスを利用たり、お昼もサンドイッチを作っても高くつくので、ミルクのかかっていないシリアルを毎日少しずつ食べていたのだ。
旦那はキッチンで仕事をしているので、朝食もランチも飲み物も自動的についていた。わたしがお昼代をケチっていることに呆れたようで、いかにも旦那らしいことを言った。
「なんのためにガマンするんだ。自分で働いたお金でランチぐらい好きなものを食べたらいいだろう。」
もともと金銭感覚が違うので、わたし達の話はいつも噛み合わない。わたしはムリしても節約して必要なものに当てる。旦那は日々ガマンするんだったら必要なものは特に重要ではない。今なんとかなっているんだからそれでいい。
わたし達の意見は正反対のまま、言い争いはエスカレートしてきた。
「仕事帰りにレストランの前を通ったら、人々が美味しそうに肉や魚食べてたの!あたしは夜も茹でたパスタだけとか、野菜もろくに食べて生きてないのよ!」
「毎日バーベキューしてるじゃないか。」
「わたしが帰ってきた頃には何もないか、黒焦げの肉しかないじゃない!」
「何で職場で下着なんか洗うんだ?下着なんて安いの買えばいいだろう。」
「もうすでにゴムも伸びきった安いの着てるのよ!下着買うお金すらないの!ああ!肉食べたい!」
いったい何のケンカなんだか。。。。

わたし達は結婚前からケンカしたまま寝て、次の日まで引きずることはなかった。納得いかなくても、仲直りしてから眠りにつく。特に約束はしてないが、いつの間にかそうなっていた。
わたしは、道楽にお金を使うヒマがあったらセーブしてくれと言えば済むことを、ややこしく色んな文句を言って、勝手にスッキリして解決した。旦那はわたしに、あまりセコく生きるなと言い聞かせて、勝手に解決した。
そんなわけで、似たようなケンカがまた起こると思われた。

このケンカの翌日、奇妙なことが起こった。

次回に続きます。
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おかしな男

翌日、わたし達は早い時間に小島を離れた。Wが次に向かったのは、テレタビーランドとボート仲間達が勝手に呼んでる草原の前だ。そこからだとメインの街まで20分ほど歩く。バス乗り場までは近かったが、わたしが利用するのに便利なバスはメインの街まで行かなければいけなかった。Wのボートで反対岸まで乗せて行ってもらったら、わたしが通勤で利用するバスが近くなるのだが。
コインランドリーも遠かったし買い物にも不便だが、草原にはあまり人が来ないし、他のボートもなかったので、またもやプライベートな場所状態だった。
Wはクリスマスや正月の時期はサイコーな場所だと言った。
S達がいるコミュニティからあまり離れてないので、その日の夕方にはボート仲間達のボートがたくさんやってきて、インスタントなコミュニティができた。
寒い12月の半ばに何を思ってか、ボートの前にテントまで立った。もちろんバーベキューセットも設置されて、イスやテーブルまで現れた。
いったいどれぐらいここに居るつもりなんだろう。。。。
と言うか、なんだかいつもより人が多い気がする。

そんな中、ちょっとおもしろいことがあった。
一人の男がわたしにとても愛想良く話しかけて来た。Wの釣り仲間だ。
わざわざボートの中まで入って来て、皆外で飲んでるのになぜ外に来ないのかと言う。わたしは夕食の準備をしていたので、そのことを言うと、「ユーはいつも中華を作るのか。」と言った。
わたしは中華はあまり作らないが、日本食は時々作ると言った。
そして、親、兄弟はイギリスにいるのかと言うので、日本にいると答えた。
彼は「両親にお金を送ったりして大変なんだろう。」と同情するように言ったが、わたしは両親にお金を送れるほどの余裕はない。と言うか、送ったら親が逆にわたし達の生活を心配するだろう。
面倒臭いので早く外に出てくれないかなあと思っていると、かなりトンチンカンなことを言ってきた。
「この間テレビで見たんだが、ユーの国では小さい足が美人の証なんだろう?今でもそうなのか?」
いや、小さい顔がいいとはよく聞くが、小さい足は聞いたことがない。
そしてわたしが何度か会話の中で「ジャパン」を連呼しているのに、男はわたしに「ニーハオ」と言ってから手を胸で合わせて、お参りのポーズでわたしに一礼した。
めちゃくちゃじゃん。。。もう。。。

わたしは反論するのをやめた。
そして「さようなら」という言葉を教えて、男は「サヨウナラ」と嬉しそうに何度も繰り返しながら出て行った。
実際、よく考えてみると、わたしだって白人さんが目の前に何人かいて、誰がなに人ですかと聞かれたら、はっきり言って分からない。今は大体の違いは分かってきたと思うが、イギリスに来た頃は皆同じように見えた。
日本人なので、ほとんどの確率で誰が日本人か分かるが、時々間違えることもあるぐらいだ。だから、わたしが日本人であると主張したところでどうしようもない。
それにしても、小さい足って。。。。彼はテレビで一体何を見たんだろう。とても不思議だ。

ボート暮らしは圧倒的に純粋なイギリス人が多い。いくら多国籍な国だと言っても、彼らは少し閉鎖的だ。食べ物もイギリス料理しか口にしない人もたくさんいる。旦那のお父さんはピザやパスタですら口にしない。
そんな中で、彼らはわたしをどんなふうに見ているのだろうか。
ボート仲間達は快くわたしを受け入れてくれているように見えた。わたしにおかしなことを言ってきても、それは東洋人のわたしに少しでも興味があるのだとわたしは勝手に思っている。

外ではまた男達が騒いで好き勝手やってるが、文句はたくさんあっても、わたしはいつも居心地がいい。
おかしなことをする人達ばかりだけど、まあべつにいいや、と思った。

ついに警察が来た

小島での生活も2週目に入ろうとしていた。クリスマスも近く、男達は皆浮かれている。相変わらず夜はお祭りの毎日だ。
男達が外でバカ騒ぎをしているとき、わたしは仕事から戻るとほとんどをボートの中で過ごした。寒い12月。テムズ川のど真ん中で外は吹きっさらしだ。子供は遊んでる時寒さを感じないと聞いたことがあるが、酔っ払いもそうなのか?そう思って窓から男達を覗き込むと、急に昼間にでもなったかのような光が目に飛び込んできた。
向こう岸から巨大なライトで誰かがこちらを照らしている。わたしはびっくりして外に出た。
「今すぐに音楽を止めなさい。警告だ。これ以上騒ぐとこちらからそっちに行ってお前らを捕まえるぞ。」
マイクでわたし達に向かって言っている。
ええ!?警察!
わたしはまたボートの中に入り、窓からこっそりと観察した。旦那は動揺しているのが見え見えだったが、他の男達は余裕な感じに見えた。
その時わたしと旦那は知らなかったが、陸の警察と川の警察は別物なのだという。いくら小島にいても、わたし達はテムズ川の真ん中。小島だろうがボートだろうが、テムズ川にいる人はテムズ川の警察しか捕まえることができないのだそうだ。陸の警察は警告はできるが、よっぽどのことがない限りわたし達に手出しはできない。
ちなみにWはこれを利用していつだったかバカなことをした。川沿いを巡回している警官2人に余計なちょっかいを出して怒らせ、ボートに飛び乗って「捕まえられるものなら捕まえてみろ!」と言って、陸に降りたりボートに飛び乗ったりして警官達をからかった。
そして本当に捕まった。
余計なことはこれぐらいにして、陸にいる警官はマイクで更に続けた。
「この辺の住民から苦情が来ている。お前達は毎晩そこで騒いでるようだが、今すぐにやめなさい。」
向こうには警官が3人ほどいて、パトカーもあるのかないのか、よく見えなかった。でも、そんなに大げさそうではない。本当に警告だけしに来たっぽい。
W達が警官達を完全に無視して音楽も止めずにいると、警官がまた言った。
「AL、お前なのはもう分かっているんだぞ!」
へ!?AL?
ALはW以上にテムズ川では問題児だった。彼も時々小島にやって来るが、他の男達よりも更にどうしようもない男らしく、いつも皆に軽くながされているようだった。今日は彼はそこにはいない。どうやら警察はWをALと勘違いしているようだった。
そうと分かったWは大喜び。
「そうだ!オレはALだ!何が悪い!わーはっは!」
大声で叫んだり、踊ったりして見せた。

わたしはバカバカしくなって、寝ることにした。さすがの旦那も中に入って来て「警察はバカだなあ。Wの好きに振り回されるぞ。おもしろいけど長くなりそうだから寝る。」と言ってさっさと布団に入ってしまった。
その夜、わたしと旦那はWと警察のやり取りを聞きながら、警察のライトに照らされたボートの中で眠りについた。

小島での生活

Wには移動用のエンジン付きの小さなボートがあった。それだと簡単な乗り降りで楽に向こう岸まで行ける。詰めて乗ったら5人は一気に運ぶことができる。彼はこのボートで釣りをする人達を釣れそうなスポットに連れて行き、釣りを楽しませる商売を釣り仲間としている。あまり宣伝してなかったので、少ししか依頼は来ないのだが。

わたし達はWの送り迎えで小島を行き来することになった。しかし問題は旦那が朝6時半という早い出勤で、わたしは8時半の出勤だ。Wの生活は夜遅くまで飲んで、翌日昼前に起床する。朝6時半に旦那を送って、戻って来てまたベットに戻る。そして2時間後にわたしに叩き起こされ、また岸までわたしを送る。そんなことなど何日もできるはずがない。
わたしはこの小島停滞もそんなに長くは続かないだろうと安心した。Wが送り迎えの毎日に嫌気がさしてまた違う場所に行くことになると予想した。そうなると、こんな小島でいちいちWにお願いしないと岸まで行けないような面倒な日々を送らなくてすむのだ。

翌日、6時半に旦那がWのボートを叩き、電話を何度もならしても彼は中々起きて来なかった。旦那は遅刻だけはしない主義なので、かなりイライラしていた。それでもなんとかWは起きて来て、半分寝ながら旦那を送った。
わたしは、8時半にドキドキしながらWのボートをノックした。今度こそ彼は起きて来ないのではないかと心配したが、Wはまたも半寝でわたしを送ってくれた。
ほらほら、こんなこと毎日嫌でしょう。あたしだって、仕事に行けるか行けないか毎日心配して朝起きたくないもの。翌日にはWはもう嫌だと言い出すだろう。
などと、わたしの期待もどこへやら、Wは毎日わたし達に起こされながら、それでも夜は遅くまで騒いで小島に居座ってしまった。
毎日のようにボート仲間達がやって来て、その度にWは皆を岸まで送り迎えする。日に何度も行ったり来たりだ。それなのに、なんだか得意げだ。
そのうち、旦那がWの小型ボートを運転するようになった。わたしが出勤日で彼が休みの日は、旦那がわたしを岸まで送ってくれる。
毎日、毎日小島でのパーティーは続いた。小島に人がいないのをいいことに、大音量で音楽をかけたり、花火を上げたり、大声で叫んだりしていた。
Wの彼女のAは我慢の限界だった。
わたしと彼女は、一度小島に隔離状態になったことがある。朝から旦那とWは買い物に行くと言っていなくなり、連絡が取れなくなった。わたし達が電話をしても誰も出ない。そのときSのボートが小島の前を通った。わたしとAは両手を振りながらSを呼んだが、彼は気づかずに行ってしまった。
おかげでAは歯医者、わたしは友達との約束をキャンセルしなければならなくなった。
何が楽しくて女二人が大声で助けを呼ばなければいけないのだ。

その後、旦那とWは夕方近くに酔っ払って、更にビールを買い込んでもどってきた。おまけに若い女の子3人もどこかから持ち帰りしてきた。
そして、またバーベキューパーティーだ。。。。
パブで飲んで、ビールを毎日何本も開けて、バーベキューの材料に。。。。って、そんなお金どこにあるの?タバコもたくさん吸ってるようだけど、一箱一体いくらすると思っているのだろう。日本で買う分の3倍はするのだ。
Aはカンカンに怒っていた。もうヤケだと言って、ワインを2本も開けていた。
だからあ、みなさん、どこにそんなお金があるんですか?
わたしも我慢の限界だった。
その時すでに12月に入っていた。発電機購入のための貯金どころか、クリスマスプレゼントも買えない。クリスマスは毎年旦那の実家に帰る。イギリスは子供達だけではなく、大人もプレゼントをもらう。家族全部のプレゼントと、年末にはボートのライセンスも切れるのだ。これを全部どうやって賄う?
わたしがキレるのも時間の問題と思われた。

次回からも、もう少し小島での出来事をお話しします。まだまだお付き合いください。

小島に移動

Wが何も言わずにいなくなってから3日ほどしても、わたし達はまだ同じ場所にいた。
冬のイギリスは午後3時ぐらいから暗くなり始めるので、仕事を終えた後、旦那はボートを動かせないでいた。
強がりの旦那はWに電話をしなかったし、Wもなぜだか連絡してこなかった。
旦那はS達のコミュニティにボートを動かすのをためらっていた。Wがいるかもしれないからか、逆にWに遠慮してるのか、それともただ面倒なのか、わたしにはさっぱり分からなかった。
冬はテムズ川の流れが早かったり満潮の日が多いので、役所はムリにボートを動かせと言ってこない。それをいいことに、わたし達はできるだけ同じ場所にとどまっていようということになった。その間、休日に二人で歩いて停滞場所を偵察に行くことになった。

少しして、Wがボートでやってきた。ボートを岸に止めずに、大声で旦那を呼んでいる。そして言った。
「ボートにエンジンをつけろ!オレ達の新しい場所がみつかったぞ。着いて来い!」
旦那は「ようっ!」と言って、まるであらかじめ打ち合わせしていたかのように、2隻のボートは縦に並んで新しい場所に動いた。

旦那とWの仲をひっそりと心配していたわたしは拍子抜けした。拍子抜けどころか、バカバカしくなった。人の力を借りずにわたし達だけでボート生活ができるように、わたしなりに色々とリーサーチしていたのに。しかも、ネット環境なしで、バスと徒歩でがんばってたのに、何これ?男ってどうよ?と、思わずにはいられなかった。
10分ほどしてわたし達はテムズ川の真ん中にポツンと浮いている小島に着いた。テニスコートが2つ入るぐらいの大きさだ。
その小島はどこかの個人団体の所有物で、そこも24時間が最大の停滞期間なのに、Wはまたできる限りそこに居座ろうと考えていた。

小島は本島の岸から5メートルほど離れているので、少しぐらいうるさくても苦情は来ない。所有者達のクルーズ用のボートがいくつか止めてあり、大きめの物置小屋やカヌーなどが並べられてあり、他に誰もいなかった。
「ここは今日からオレ達の島だ。オレ達の庭だぞ!」Wが得意気に言った。
そしてキャンプ用のイスやらバーベキューセットやらをボートの前に並べて、発電機を置き、釣り道具をセットして、あっという間にWの空間が出来上がった。
旦那も自由を手に入れた子供のようにはしゃいでいる。
ねえ、旦那さん。わたしもあなたも明日からどうやって仕事に行くの?
ダイアモンドをいちいち5メートル先の向こう岸まで毎朝動かすの?向こう岸は岸の手前が浅いので、大きいボートは止められない。斜向かいのパブはボートが1、2隻止めれるように整備してあるが、パブを利用する人が止める場所なので一日中止めておくことはできない。
しかも、旦那が仕事でわたしが休みの日は、わたしは小島から出ることができないではないか。わたしはボートの操縦なんて一人ではできないのだから。

さて、わたし達は翌日から無事に仕事に行くことができるのでしょうか。。。
次回に続きます。

噛み合わなかった夫婦関係

Sはダブルベットが入って、イス一つ置けるぐらいのスペースの釣り用ボートに住んでいた。中には小さい流し台とカセットトイレがあった。そこで2歳の子供と奥さんと3人で住んでいた。ダイアモンドでさえ狭いと思うのに、その三分の一以下のサイズのボートで、どうやって暮らしていたのか謎だった。
Sが言うには、奥さんは今は子供とロシアの実家にいるそうだ。3月には戻って来ると言うが、その時点で11月中旬を過ぎていたので、奥さんはずいぶん長いこと実家に帰っているんだなあと思った。
Sは電気屋と言ってもただの電気屋ではない。大きいイベントや有名な大会などで電気類全てを任されたりして、忙しい時期はとても忙しい。収入がいいので、毎日コツコツ働かなくても一回の仕事の契約で、どーんと稼げるのだと言う。

周りの話を聞くと奥さんは、Sの行動に呆れ果ててロシアに帰ってしまったのだという。大きいボートを買うのが条件でまた戻って来ることになったが、冬の間小さい子供とボート暮らしは大変なので、春まで帰ってこないのだそうだ。
Sの奥さんはなぜだかボート仲間達にはよく思われてなかった。彼女はお金目当てで彼と一緒になっただの、彼をコントロールしようとしている、性格悪いだの散々言われていた。
実際わたしが会った彼女は噂とは違った。
当時24歳だった彼女は小さくてかわいくて14歳ぐらいの子供に見えた。わたしと旦那を「ボート生活で初めて会った普通の人」と言った。個性の強いボート仲間達の中で孤独だったらしい。
Sとは旅行先で出会い、ロシアに戻ってから妊娠が発覚した。それでSは彼女と一緒になることを決意したのだ。彼にとっては二回目の結婚だったのと妊娠も重なって、結婚式は役所でサインをするだけのシンプルなものだったらしい。

ボートコミュニティはとても小さい。少しのことが大きくなって噂になる。そのかわり気にしなければ、みんなすぐに忘れてしまう。
それなのにSの奥さんは気にして人前に出てこなかったり、誰にも挨拶もしないで逃げるようにボートに入ってしまうのだった。かと思うと、みんながパーティーをして騒いでいるときに旦那を連れ戻しに来るので、余計に悪い印象を周りに与えてしまっていた。
Sは彼女と子供のために大きいボートを購入したが、状況は変わらなかった。そして周りもSの奥さんは旦那に大きいボートを買わせて、子供と買い物に行き、ブランド品ばかり持っているなどと言われるようになり、初めは同情していたボート仲間の彼女達まで敵に回してしまった。
Sもできるだけ家族との時間をとるようにして、ボート仲間とツルむのを控えたりしたのだが、二人がわかり合うことはなかった。
しばらくして彼女は子供を連れてボートを飛び出し、離婚訴訟を起こした。
キズついたSはみんなの同情を買った。彼女は国から生活保護をもらい、家まで与えてもらうことになった。

彼女はたた単純に普通というものを求めていたのだと思う。
子供のために水も自由に使えて、酔っ払いがいつも騒いでいないような環境で家族3人でひそやかに暮らしたかっただけなのだろう。
彼女と話すたびに「普通の暮らし」という言葉がいつも彼女の口から出てくる。
ある日彼女は笑いながら冗談でも言うかのように言った。
「妊娠中、ボートに水がなくって、頭が痒くて仕方なくって、昼間の人がいないバブのトイレでこっそり髪を洗ったのよ。大きいお腹でキツかったあ。」
わたしは胸が痛かった。
見えないところでSも家族を思い、彼女も家族を思って我慢していたのだ。その全てがムダだったのか、それともいい結果に収まったのか、たぶん本人達でなければ分からないのだろう。

W、勝手にいなくなる

わたし達がいるテムズ川は、同じ場所に24時間以上ボートを止めておくことができないルールになっていたが、わたしとWのボートは10日ほど同じ場所にいた。そろそろお役所の人たちが移動しろ、罰金を払えなどと言うようになっていたので、ある日Wが自分のボートだけ動かしてどこかに行ってしまった。
わたしと旦那が仕事から戻ると、ダイアモンドだけがポツンとそこにいた。
わたし達はこの辺りのどこにボートを止めていいかわからなかったし、土地鑑があまりなかった。わたしも旦那も仕事に行かなければいけなかったので、ボートをどこかに止めたとしても、そこからどうやって駅まで行くのかさっぱり予想がつかなかった。
おまけにWがいなくなったら発電機も使えなくなる。そうしたら自動的に家電は使えなくなる。
旦那は10年以上も付き合いのあるWを親友だと思って信頼していたのに、電話の一本もしてよこさずに消えたことにショックを受けているようだった。
それなのに「あいつがどこに行こうがオレはどうでもいいんだ。オレ達が頼り過ぎたんだ。自分達でそろそろ動く時期だ。」と強がった。

次の日にはボートをどこかに移動しないといけないと旦那と話していると、電気屋のSがやって来た。旦那はWのことを少しだけグチると、Sは丁寧にどこに止める場所があるか、トイレの汲み取りや水の補給をどこでするかなど、必要なことを教えてくれた。そして言った。
「12ボルトから240ボルトに変えるのなんて、オレがやってやるよ。オレは電気屋だ。こんなの半日も要らない。コードやコンセントの差し込みとか必要なものを買ったら、ビール何本かと引き換えに近いうちにやるって。安心しろ。」
240ボルトの環境さえ完了すれば、エンジンで電力を作ってバッテリーに充電させておけばいいので、しばらくは発電機がなくてもなんとかなるのだと言う。
そして「オレのボートは他の仲間達がいる場所だが、なぜだかそこだけ停滞期間の決まりがないから、みんな居座ってるんだ。明日、そこにボートを動かして来い。みんなで少しずつ動かしたらボート一隻ぐらい軽く入るよ。」と言った。
なんていいヤツなんだ。
わたしはSを見直した。なぜ見直したかって、彼は酔うと凄くうざったかったのだ。カラオケ大好きで人の顔の真ん前で、拳をマイクにひたすら歌うし、しつこいし。声はでかいし、慣れなれしいし。おまけに失礼だし。

始めてSに会った時、彼はわたしに言った。
「お前は変なアクセントで話すなあ。オレの奥さんもロシア人で変な英語を話すんだ。」
そして、「ハニャホニャホー。ハイ!」とか変な日本語のマネをして、「オレは今日本語でなんと言ったんだ?」とわけの分からない質問をしてきた。
会うたびにこんな感じなのに、なんだか人懐っこくて悪気はなさそうなので、適当に流すことができた。

少し長くなってきたので、次回はこのままSのことについて書きたいと思います。


発電機も微妙。。。

仕事から戻ると、旦那がボートでテレビを見ていた。しかも、わたし達の今までのテレビで!
昨日の今日で何が起こった?
その日は旦那も仕事だったので、数時間で240ボルト使用に変えるのはムリだし、テレビを12ボルト対応に変えたわけでもなさそうだ。発電機などとうてい買えるわけがないし、一体どうなってるんだ?
わたしが不思議そうにしていると、旦那が言った。
「Wの発電機に延長コードを使ってうちのテレビに繋げたんだ。これでしばらく発電機も買わなくて済むぞ。」
窓を見ると、少し開いた窓の隙間からコードが垂れていて、テレビのコンセントに繋がっている。
と、言うことは、ドライヤーもアイロンも使えるの⁉︎
わたしの言葉に旦那は軽く「使えると思うよ。」と言うので、わたしはさっそくシャワーを浴びて髪を乾かすことにした。

ドライヤーをテレビのコンセントの隣に挿して電源を入れる。すると、ドライヤーはブンと言ってから止まった。そしてテレビまで消えた。。。。
すぐにWが飛んで来て「何を使った!」っと焦っていた。わたしがドライヤーをかざすと、しょうがないなあ、という顔をして言った。
「ドライヤーは電力が強いから単品で使わなきゃいけないんだ。もう少しで発電機壊すところだったぞ。」
それからWが使っている電気類もうちのテレビも消して、ドライヤーだけ使わせてもらうことになった。
Wが、わたしのドライヤーをオンにしたら発電機のパワーを上げるので、合図しろと言った。
わたしがドライヤーをつけて旦那が「今だ!」と外で待機しているWに叫び、Wは発電機のパワーを切り替える。すると発電機のエンジン音がブルン、ブルンと大きくなる。わたしは急いで髪を乾かし、スイッチをオフにすると旦那がまた「終わった!」と発電機の横で待っているWに声をかける。ガソリンも一気に消耗するのだそうだ。。。。
こんなんだったら、もうドライヤーなど使いたくない。アイロンならなおさらだ。
これ以来、わたしはボートでドライヤーを使うのをやめた。もう、自然乾燥でいいや。。。

その夜、Wの彼女Aと話していて、Aが言った。
「ドライヤーもコテも使えないから、髪なんてどうでもよくなっちゃった。がんばってマニュキュアぐらいは塗ってるけど、水がなくて顔もろくに洗えないときもあるから、メイクもほとんどしなくなったし、どうでもよくなっちゃった。」
発電機があっても家電が全部使えるってわけじゃないんだね。
「湿気が多いから服も靴もカビだらけになるし、コインランドリーにお金かけてられないから、洗わないで結局捨てちゃったのよ。」
Aがすごくさみしそうに言った。
ああ、そうなんだ。なんだか落ち込んできた。
「お金がもっとあったら大きい発電機も買えるし、除湿機なんかも使えるのよ。宝クジでも買おうかなあ。」
確かに、Aの言う通りだ!お金がもっとあったら、こんなボート生活なんて選んでない!
。。。。って本当にそうだろうか?
外では男達がまたバカ騒ぎをしている。
この人達はお金があってもボートを選んでいただろう。そして、お金があったら、この人達はもっとダメな人間になっているんじゃないだろうか。。。。

わたしとAはワインを空けながら、男達のグチも含め遅くまで色んなことを話した。
Aは自分の状況に共感できる同性がいて嬉しそうだった。
陸に住んでいたときは気がつかなかった小さいことが、実はすごいことだったのだ。
普通にしていたことができなくなったけど、今こうやってボート仲間達と同じ空間を分け合っていることも、見えない財産なのかなあと、あやふやにいいように考えて過ごすことにした。
便利な生活に慣れてしまったら、それらがないと不便な生活になってしまう。最初から知らなければ、ボート生活は不便なものにはならないのだろうか。
ドラえもんののび太くんは、ドラえもんがいなくなったとき何もかも不便に感じるんだろうか。など、本当にどうでもいいことまで真剣に考えてしまう夜だった。

家電が使えない!

ボート生活3日目で問題は起きた。
ボートを購入するときに疑問に思った、電気のコンセントだ。

引っ越してから3日間、ボート仲間達は毎晩外で引越し祝いパーティーをしていた。Wとわたし達のボートは、ボート仲間のコミュニティから少し離れたところに縦に並んで止めていたので、仲間達が集まって来ては、パーティーばかりしていた。
パーティーと言っても、バーベキューをしながら男達が遅くまで酔っ払って騒いでいるだけだ。
みんな仕事をしているのかどうなのか微妙な人たちなのに、肉と酒代はどこから出て来るのか不思議だった。
今までフラットでわたしと二人で過ごしていた旦那は、友達がたくさん周りにいて、ボート生活が始まったこともあって浮かれていた。
わたしは3日目でバカ騒ぎに飽きてしまったので、仕事から戻るとみんなに挨拶だけして、ボートの中でゆっくりすることにした。
2日間、仕事、荷物の整理、パーティーで気がつかなかったが、さて、テレビでも見ようとして、テレビのコンセントを持ったまま硬直した。
どこにさすの?
ダイアモンドについていたコンセントの差し込み口は、外国製だかなんだかで形が違うので差し込めない。
不思議に思って旦那を呼ぶと、テレビ大好きの旦那は絶句した。
そして、わたしも絶句。。。。ドライヤー使えないじゃん。。。。
引越し最終日に念のため2回も髪を洗って、長い時間シャワーを浴びたので、2日間シャワーを使わなかった。今日始めてのボートでのシャワーだと思っていたのだが、ドライヤーが使えないとなると、髪が乾くまで布団には入りたくないので、寝る時間も遅くなる。

ボート仲間の中に、電気修理屋のSという男がいた。Sのことはまた今度ゆっくり話すことにして、とにかく彼がコンセントの差し込み口をチェックして、電圧を測ってくれた。
すると、とんでもないことが発覚したのだ。
イギリスの一般家庭で使われている電圧は240ボルト、車などで使うのは12ボルト。ダイアモンドはその12ボルトしかないのだと言う。一般家庭で使う家電は使えないということだ。
Sが言った。
「持っている家電を全て12ボルト対応のものに変えてしまうか、電気のシステムごと240ボルト用に変えるしかないなあ。」
えー!それってもちろんどっちにしてもたいそうな出費になるんじゃ。。。?
家電はしばらく使えないのか。。。。
諦めモードのわたしの横で、「ケータイの充電も切れてるし、テレビも見れない!大変だ!」旦那パニック。。。
そういえば、パソコンも使えなくなるなあ。家電が使えない生活とはなんと不便なことなのだろう。

「発電機を買えばいいじゃないか。」Sが言った。
発電機!?
聞くと、発電機はボート生活には欠かせないので、ボート仲間はみんな持ってるという。ガソリンを入れてエンジンをかけて、それで電気を作るのだ。それに延長コードをつけて直接使えばいいのだ。
発電機は性能にもよるが、みんなが使っている小型のタイプは2000ワット使えて500ポンドから1500ポンドはする。10万円から30万円ってとこだ。
今のわたし達には絶対にムリな話だった。

テレビがない生活など、旦那が黙ってるはずがない。
いったい彼はどんな対策をとることやら。。。。

次回に続きます。

これで良かったのか

ボートを目的地まで移動させる最後の任務が自分になるなんて思ってもいなかったので、大きな水門を目の前にしてボートに乗っている自分を思うと、自分が自分ではないような気がしてきた。
始めてイギリスにやって来た時、まさか自分がボートに住むことになるなど思いもしなかった。あの頃のわたしが水門の横に立っていて今のわたしを見ていたら、なんと思うだろう。
まず先に、あの人は中国人か日本人かどっちだろうと思うだろう。それから、ボートに住んでるだなんて考えもしないだろう。友達のボートにでも乗ってるのかなあ。そんなふうに思うだろうか。
わたし、これで人生良かったのだろうか。
そんなことを考えているなどとは思いもしないだろう。

今更後には引けない。目の前の水門が開いたら、そこはテムズ川なのだ。
わたしの気持ちは期待よりも不安でいっぱいだった。

舵はWが取った。Wはめちゃめちゃ機嫌が良くて、水門係りにでかい声で冗談を言っていた。Wの彼女のAも一緒に来てくれた。心強い。
Wは調子に乗り出すと手が付けられないので、彼女がいてくれて助かった。

わたし達は水門係りにお礼を言って門を後にした。他のカナルボートも2隻いて、わたし達は後に続いた。
川の流れがどんどん変わっていく。少しするとテムズ川に入った。カナルに比べると大きい。
Wがわたしに舵を取らせてくれた。スペースがあるので練習にいいだろうと言う。
川の流れが速いからか、重くて舵が上手く取れない。右に行きたければ舵を左に動かし、左なら右に動かす。ややこしい。
ボートがあまりにもジグザグに動くので、WもAもいちいち大笑いした。
少ししてWに舵を横取りされた。ボートは操縦しない方がいいだろうと言うアドバイスまで頂いた。

テムズ川は本当に広大だった。カナルが清楚なら、テムズ川はワイルドという言葉があってるのだろうか。大自然がそのままそこにあった。鴨やアヒルたちが妙に小さく見える。
本当にわたし自身が小さく感じた。
お金の計算のしすぎで、頭が計算機みたいになっていたし、本当は何もかもが不安で、わたしごと誰かと人生を入れ替わりたい気分で毎日を過ごしていた。
大きな自然の中では、そんなことはどうでもいいことのように思えてくる。

これで良かったのだ。心配するだけムダな体力を使うので、ポジティブに行こう。これから仲間達に囲まれた楽しいボート生活が始まるのだ。
わたしの気分は少しずつ晴れていった。
この仲間達のめちゃくちゃな生活に振り回されることになるとも知らずに。
問題だらけのボート生活が待っていることも知らずに。。。。
プロフィール

スカイ

Author:スカイ
イギリスで旦那と娘3人でボート暮らしをしていた生い立ちを綴っています。
家賃も地方税も無い自由な生活を選んだはずが、なかなか大変なボート暮らし。大好きなお風呂にゆっくりと浸かることができる生活を毎日のように夢見て、早くボート生活から抜け出したいと思いながら結局7年間を費やしてしまいました。
めちゃくちゃなボート仲間達との暮らしも今はいい思い出です。

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