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水なしトイレ不使用の生活 続き

前回の続きです。

丸4ヶ月。わたし達はボートを動かすことができなかったのだ。今までで最高記録!と自慢している場合ではなかった。
わたしと旦那がシャワーを週に一回にしても、2ヶ月で水は完全に尽きた。そして同じ頃、トイレもいっぱいになり使えなくなった。。。。
旦那もわたしも、仕事や出かける時までトイレを我慢して、公共のトイレをできるだけ使ったり、努力はしたのだが、努力にも限界がある。。。というか、何の努力だか。。。

水が無くてトイレが使えないということは、なんと惨めなものだろう。
わたしと旦那の顔に、本当に笑顔というものが消えて行った。娘だけが何も知らず、毎日楽しそうにゲラゲラと笑っていた。
そうなのだ。彼女はたとえ体を洗えなかったとしても、垂れ流しだろうと、わたしと旦那が側に居ることが一番の幸せなのだ。
わたし達はいつも3人でいた。台風が来てボートが大揺れしても、3人で抱き合いながら寝た。食べるものだってある。着るものだってある。楽しいことはいっぱいあっても、悲しいことはなかった。辛いこともいっぱいあるけど、寂しいことはなかった。たかが水、たかがトイレなのだ。
そして周りを見ると、友人達がいつも「お風呂入りに来て。」などと声をかけてくれる。近くにプールもあったので、そこもよく利用した。
夜に近くの公園などに、こっそりと水を汲みに行き、重いタンクをかついで何度も往復した。

ちなみにボート仲間達全員が同じ場所から水を拝借していたので、公共の水道が使えないようにされたり、門に大きなカギをかけられて、「水の汲み取り禁止!」と張り紙までされてしまった。また後で説明するが、わたし達ボートの住民はかなり厄介者扱いをされていた。

旦那はどんな発想か、中古の業務用の掃除機を買って来た。夜中にそれでトイレを汲み取って、車で指定の破棄場まで捨てに行く作業をし出した。
わたしはというと、娘のオムツに用をたしたりした。一体何をやってるんだか。。。
本当にどうしようもない事にわたし達、大事なお金使っちゃってます。。。

それでもわたしと旦那は、絶対に外や川で用はたさなかった。それでなくても人間離れした生活なのに、これ以上自分を捨てたくなかったのと、このテムズ川、夏の暑い日は泳ぐ人がいたり、人々が川原で散歩やピクニックを楽しむのだ。そんな場所を汚すことだけはできなかった。
たとえ、他の人達が川や自然を汚そうとも、旦那とわたしは自分達の意思を変えなかった。こんな変わった生活でも、楽をしようとしたらいくらでも出来るのだ。ボート暮らしは基本的には自由なのだから。それでも、面倒な方を選んでしまうわたし達。。。。

娘はいつか親の背中を見て、それに沿って生きて行くのだろうか。それがいいことなのか、悪いことなのかは、わたしにはまったくわからない。
苦労はして欲しくないし、楽に生きて欲しいが、本当にそれが彼女にとっていいことなのか、インターネットで調べたって、自分の親に聞いたって、確かな答えは見つからないのだ。。。。

こんなボート生活。
なぜわたし達はボートに住むことを選んでしまったのか。
次回からはボート購入、今までの生活に至るまで、順を追って更新いたします。
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水なし、トイレ不使用の生活

今年の冬も気温以外は昨年とあまり変わらない。冬が始まってから、雨が降り止まないのだ。よって、川は氾濫し流れが速く、わたし達はもう3ヶ月近くボートを動かしていない。
おまけにエンジンも壊れていて、雨風しか防ぐことのできない箱に住んでいるようなものだ。
でも、昨年の辛い経験を活かして、この冬もなんとか乗り切っている。
毎日思う。本当に、何のためにこんなことしてるんだか。。。。

2012年から2013年にかけての冬、わたし達はテムズ川管理機関からメールを受け取った。

「水門の改装工事をするので12月中旬から3ヶ月、水門が利用できなくなります。」

わたしは始め読み間違いかと思った。水門が使えないということは、そこから先へは行けない。通行止めということだ。水の補給場所もトイレの汲み取りも水門の向こう側にあるのだ。
だったら簡単。水門の向こう側にボートを移動したらいいではないか。
それが、そうはいかないのだ。そこが広いテムズ川の辛いところ。
水門の向こうは前にも説明したように、住居禁止のボート置き場ばかり。自由にボートを止めれるところまでは水門から更に45分ほど先に一つと、その30分先に一つ。これだと旦那の職場まで遠くなるし、田舎に行くほど不便になる。
そうじゃなくても不便な生活なのだから。
わたし達はラッキーなことに、その冬は地方自治体が管理していない場所に居座っていた。個人が所有しているらしい土地で、24時間以上停滞できないという決まりがなかった。
そして、その場所にボートが集まり、一気にコミュニティができてしまった。
コインランドリーもバス停も、指定のゴミ捨て場も歩いて15分以内にあったが、水とトイレの場所だけは近くになかった。
工事する水門の先にあるところが一番近かった。と言っても、川の流れによってたどり着くまで2時間以上かかることもあった。
それでも、3ヶ月もそこが使えなくなると、ボートの住民達は皆、どこで水を補充してトイレを汲み取るのだろう。
それに加えてその年は気温が下がり、川の流れも早く、カナルボートを動かすにはムリがあり、冬が以上に長く、4月末まで異常に寒かった。
そしていつものように、わたし達のエンジンも故障。。。。
なすすべがなかった。

ボートのトイレ

ボートを動かせなかったら水の次に困るのがトイレ。
ボートのトイレは何種類かあって、汲み取り式、カセットトイレ、垂れ流し式というのがある。
もちろん垂れ流し式は海ではどうかは分からないが、運河やテムズ川などでは違法となっている。カセットトイレはキャンプなどでお馴染みの、取り外して捨てに行けるタイプだ。
そして、わたし達のボートは汲み取り式である。ベットの下の一角にタンクがあって、そこに溜まるようになっている。家族3人で使ってだいたい3から4週間は持つ。

ボートを自由に動かせるうちは3週間おきに水の補給とトイレの汲み取りを同時にする。場所はほとんどのところが一緒になっていて、ゴミ捨て場、カセットトイレの汚物を捨てるところなどがある。
水は無料で汲めるが、トイレの汲み取りは£5から£10ポンドはかかるので、800円から1800円の間ぐらいだろうか。

わたし達のボートは1年で何度も動かせなくなる。エンジンが壊れると平気で2ヶ月以上そのままだ。日々の生活だけでもギリギリなのに、壊れやすいエンジンにお金をかけるほど余裕はない。
できるなら、新品のエンジンを買ってしまいたい。エンジンはボートの心臓なのだから、車一台購入するぐらいの大きな出費だ。エンジン購入など、わたし達にとっては夢のまた夢だ。

2012年から13年にかけての冬は大変だった。
水の補給とトイレの汲み取りをしに行けないまま一冬を過ごしたのだ。
次回は昨年の冬、どんな風に乗り切ったのかをお話しします。

大切な水の使い方

今日はボート生活でわたし達がどんなふうに水を使ってるかです。

まず、旦那は週に1、2回。わたしは2日おきに流し洗い厳禁でシャワーを浴びる。娘は旦那が毎日仕事帰りに5リットルのボトルの水を2本持ってくるので、それをヤカンで沸かして10センチほどの浅いお風呂に入る。
 娘の入浴が終わったら、その水でわたしが髪を洗う。リンスだけはキレイなお湯で流す。その後旦那がその水で足を洗う。と、その10リットルはかなり有効に使われる。
シャワーだけではない。食器を洗うのもなかなか面倒だ。流し洗いなど絶対にできないので、食器についた泡を流すたびに一回一回水を止めなければいけない。
右手で蛇口を押さえながら、左手に持っている食器をさっと流して、すぐに止めるという早業だ。
手はできるだけまとめて洗うようにするので、薪ストーブやトイレ掃除、床掃除など、できることをやってしまってから手を洗う。
料理もできるだけ鍋一つとか、フライパン使い回しなどする。
 そして、洗濯はもちろんコインランドリー。子供がいると、洗濯物は相当な量になるので、自分達の服、シーツやタオル類はマメに洗ってなんかいられない。
まとめ洗いなので、洋服は黒やグレーなど、同じような色の服を着る。

こんな感じで大切な水をセコく使っているのに、前に話した「渡り橋事件」のようなことが起きたら、本当に悔しいのだ。ましてや、シャワーを浴びた次の日だったりしたら、シャワー1回分の水を無駄にするのだ。
ちなみに、シャワーなどのお湯はこんなふうに作られる。
まずはガスを付けて、サーモスタットとボイラーのスイッチを入れる。わたし、この仕組みがよく分からなくて、旦那もナゼだろうと言うのだが、とにかくこのスイッチを全部作動させないとお湯はできない。もしも一つでも付け忘れたら、ムダに時間と電力またはガスを消費させることになるのだ。
 ついでにエンジンでもお湯が作れる。そのときは、エンジンを付ける作業だけでいい。
 シャワー室は大人が一人立ってギリギリという狭さだ。
 ボートによってはもちろん、バスタブがあったりマンション並みのシャワー室があったりするが、うちのボートは庶民価格のボート。ん?庶民以下かも。。。

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次回は、これもまたよく聞かれる「トイレ」についてです。

貴重な水

ボート生活では水がとても貴重なものだ。
たとえば、パーマネントモーリングと言って、土地付きでボートに住んでいる人達は陸に水道の蛇口や電気のプラグがあったりして、それをボートに繋いで家にいるように水も電気も使える。でもこの土地付きボート生活は、わたし達にとっては非常に高貴なボート生活だ。
場所を借りるか買うかすると、自動的に地方税がついてくる。ボートを所有するとライセンス(ライセンスについても後日ゆっくりと説明します。)は絶対に払わなければいけない。それにもちろん電気、水道代も払う。
場所にもよるのだが、この停滞スペース、買ったら家を買うぐらいの値段のところもあるし、借りてもアパートを借りるのと変わらない値段だったりする。
もちろんピンキリだが、安い場所だと、田舎だったり不便だったり危険な場所だったりする。
そして何より、ボートの数にたいして、このスペースが非常に少ないのだ。

ボートを買った当初、わたしはこのスペースを探し回った。ほとんどが土地をボート付きで売りに出していて、絶対に手が出ないというか、銀行さんが貸してくれないような値段だった。
水道や電気のシステムが付いてないようなスペースは、ほとんどボートのみを停滞させることはできるが、人が住んではいけないという条件のものばかり。
電話しまくって、ほとんどの場所で10年、20年待ちだろうと言われた。
なので、わたし達はいつも移動し続ける生活を送らなければならないのだ。
ほとんどは水の補給場所から離れた場所だった。というか、水を補給したりトイレを汲み取る場所が少ないというか、異常に離れていて、すごく不便なのだ。

わたし達のボートはタンクが比較的大きくて、5ガロン水を入れることができる。5ガロンと言ったら22,700リットルって言ってもわかりづらい。。。だいたい大人二人で普通に食器を洗ったり毎日シャワーを浴びたら、1週間ぐらいでなくなってしまう量だ。それを1ヶ月で使うのには、かなりの節約技が必要だ。ましてや今は、わたし達には子供がいる。

わたしは日本人として生まれ日本で平凡に育ち、友達関係や恋愛、仕事などで悩んだりしたが、水が無くて辛い思いをしたことは一度もなかった。今までの苦悩など、大人が子供の悩みを笑うようなものだ。

と、長いこと余計な説明をしてしまったので、わたし達がどんなふうに水を節約しているか、次回説明いたします。

渡り板 続き

 次の日、朝8:45。近くのチルドレンセンターで娘を遊ばせるために、わたしは少し早めに出ることにした。渡り板を移動するのに、15分あれば十分だろうと判断した。
 外は小雨、いつものことだ。
 隣のボートにジャンプして橋を渡り、岸から「よいしょっ。」と渡り板を持ち上げる。「あれ?」まったく動かない。
 この渡り板、板と言ってもアルミ製の頑丈な作りをしている。しかも長いこと同じ場所にあるので、地面にしっかりと食い込んでいる。
 とりあえずボート側の先端はちょっとの力で持ち上げられるが、地面側についている先端が中々抜けない!
 「はっ!」と掛け声を上げて持ち上げた瞬間、雨で橋が濡れていたので手が滑って、渡り板の先端が川に落ちたのだ。そのお陰?で「てこの原理」で地面に食い込んだ渡り橋が抜けたが、今度は反対側が川に突き刺さるように落ちてしまった。
このままだと、わたし達の渡り橋同様、川に流されてしまう。
 川の流れが少し速いので、わたしは必死に渡り橋を引き上げようと引っぱった。どうやら、何かに引っかかっているようだ。中々抜けない。
 そしてドラマティックにも雨が強くなってきた。
 風まで一緒に強くなる。
 あっという間に天気は台風並みの状態に変わってしまった。
 わたしは川に突き刺さった状態の渡り橋を、体全体で引き抜こうとした。雨がビシビシと水圧の強いシャワーのように顔面を打つ。
 朝、9時前後、近所のボートの住民は皆まだ寝ている。夏だろうが冬だろうが、住民達は毎晩遅くまで騒いでいる。朝6時に起きて元気に仕事に行くのは、うちの旦那ぐらいだ。
 台風のせいで、いつも川原を散歩している人や、通勤の自転車も通らない。
 誰もいない。
 わたしは孤独に渡り板と戦っている。寒くて手が痛い。
 その日使う予定だった全てのパワーを使ったのではないか。わたしは「おりゃー!!!!」と髪を振り乱して渡り橋を持ち上げた。

 抜けた!!!

 と、同時に、泥だらけの地面に渡り橋ごと、バシャーン!!!
 わたしの叫び声を聞いてか、隣のボートの住民が慌てて出てきて、全身ほぼ泥だらけの渡り橋に抱きついて倒れている私を見て叫んだ。
「誰だ!お前は!!」
 誰だって、、、、わたしです。
 彼はすぐにわたしに気がつき、頭がおかしくなったのかこの人?と思うぐらい笑い転げた。そして次は、朝早くても自分を起こしてくれたら、渡り橋を動かしてやると言ってくれた。
 
 さて、その後、わたしはボートの中に戻り、泥だらけのわたしを見て今度は娘が悲鳴をあげた。母が何かただならぬ物に巻き込まれたと思ったのか何なのか、大泣きした。
 わたしが今日のチルドレンセンターは行けないと伝えると、快く?理解してくれたようだった。
 時計を見るとすでに10時になろうとしていた。1時間の無駄な、長い戦いだったのだ。

 こんなことが起きると、家での生活は簡単にシャワーを浴びたり風呂に浸かったりできる。でも、ボート生活はそうはいかない。
次回は水をどこで補充して、どんなふうに使っているのかについてお話しします。

渡り板

 今年は暖かい代わりに、台風が多い冬。テムズ川は満潮と干潮の差が激しい。
 わたし達のボート、ダイアモンドは満潮の川の水面に、しっかりと浮いている。 川の水は岸からあふれて、ボートから岸までは1メートルほどある。それを飛び越えるのは困難なので、わたしは娘を連れて外に出ることができない。
 ご近所さん達のボートは、渡り板をボートから岸に架けている。わたし達の渡り板は、だいぶ前に流されてどこかへ行ってしまった。しっかりした板はその辺には落ちていないので、丈夫なものを買いに行かなければいけない。そして、いつものようにそれをケチっているわたし達。。。。
 3歳になる動き盛りの娘を狭いボートに閉じ込めておくわけにはいかないので、わたしは意地でも外にでる。
 まずはわたしと娘の身支度をして、折り畳んだベビーカーを肩にしょってボートの縁に上がり、となりのボートにジャンプ。となりのボートの渡り板を渡り、安全で移動しやすいところまで行き、ベビーカーを広げてまたとなりのボートからジャンプして戻り、今度はリュックを背負ってジャンプ、ベビーカーに置き、最後に14キロの娘をおんぶ紐でしっかりとおんぶして、ジャンプ!
 ああ、恐ろしい!落ちたら娘と一緒に川に沈んでしまう。確実に。
 この時期の川の流れは以上に速い。誰もボートなんて動かしていない。わたし達の運河用に作られたカナルボートは、完全に流されてしまう。それほど危険な川なのに。。。
 娘を背負ってジャンプのときは、しっかりと隣のボートに手を掛けて、勢いよくジャンプしなければっ!

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隣のボートにかかっている渡り橋


 そんなキケンなことをしていたある日、隣のボートの住人が慌てて出てきて、出かけるときは自分達の渡り板を使えと言ってくれたのだ。特に娘を下ろすときだけは、絶対にジャンプ作業ではなく、橋を渡ってくれと言うのだ。
 うちの旦那もその話を聞いて、「そんな危ないことしてたのか!」と呆れて、わたしは仕方なく隣の渡り橋をダイアモンドに移動してから渡りますと、いい加減に約束した。
 本当にもう!あんな重そうで泥だらけの渡り橋を持って移動させるなんて、かなり面倒だ。
 とりあえず、約束してしまったので、一度はやっておくかとやってみた。
 それが、とんでもないことになってしまったのだ。

次回に続きます。

満潮と干潮

ボート生活で2番目に多く聞かれるのは、「揺れる?」
わたし達のボートはよく揺れる。大きければその分揺れも感じない。小さくなればなるほど、本当に揺れる。
わたし達のボートは小さいのだ。。。誰かがボートに乗っかると、その体重分グワンと大きく揺れる。他のボートが通りかかると波に合わせてユラユラと揺れるし、波が大きいと立ってられないぐらい揺れる。
ボートから地面に降りると、揺れてない地面が揺れている気がしたり、誰かの家に泊まりに行くと揺れないので眠れなかったりする。それぐらい揺れる生活に慣れてしまった。

揺れるのも大変だが、川の嵩が頻繁にかわるのも大変だ。
わたし達が停滞しているテムズ川は、満潮と干潮の差が激しい。一日で川の高さがどんどん変わる。満潮の時はボートが高くなって、沖に水が溢れるので、そのままだとボートから降りれない。干潮の時はボートが地面に着いてしまうので、ボートが斜めになったままになったりする。そんな時は斜めに傾いた室内で生活する。朝、親子3人で押しあって壁側に張り付いて目が覚めるなどということがよくある。娘は今では傾いた室内を普通に歩いている。
気をつけなければいけないのは、満潮から干潮に変わる時だ。川の水圧が上がって地面にボートの底が半分着いたまま水圧が下がると、ボートひっくり返ってしまうことがよくある。そして沈んでしまったボートを何度も見てきた。わたし達のボート仲間達も、これで何人もボートを失った。防ぐ方法はいくつかある。沖と川の間にポールなどを立てて、ボートが沖に上がらないようにする。干潮になった時にボートが沖から離れやすいように、ボートを繋いであるロープを長めに残す。しかし、長く残しすぎると、ボートが川の流れに乗ってしまうので、すごく揺れる。加減が大事だ。
わたし達がいつも停滞している場所は、川の底が硬いのでポールが刺さらない。だから、ロープで調節する。満潮で川が溢れかえったりしたら、時間を見て、干潮に変わる時にボートを川に押してあげたりする。そんな時は朝の2時だろうが4時だろうが、目覚ましをつけて起きる。
2013年から14年にかけたこの冬は、本当に台風と雨が多い。ここ2ヶ月以上、川が溢れかえり、流れが以上に早く、ボートは恐ろしいほど揺れる。心配して友人達が、家に避難しにおいでと言ってくれるほどだ。
でも、わたし達はここを離れるわけにはいかない。ボートを守らなければいけないからだ。わたし達がボートを空けると、ボート仲間達がわたし達のボートを見てくれる。自分達の暮らで精一杯なのに、そんなことを何度もお願いできない。みんな正義感が強いのでなおさらだ。

満潮といえば、この間ちょっとしたことが起きた。
わたしにとってはちょっとしたことではないのだけれど。。。。
次回はそのことについて書きますね。

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満潮になって陸に川の水が溢れかえっている。


薪ストーブとの格闘

 やっと手に入れた念願の薪ストーブ。
 でもこれがまた大変な代物だった。
 
 休日、わたしは目を覚ましてすぐに薪ストーブに火をつけることにした。今まで旦那が火をつけていたので、わたしがやるのは初めてだ。旦那は朝早くに仕事に行ってしまった。
 まず着火剤に火をつける。石油の匂いが広がって体に悪そうなので、さっさと薪を入れて戸を閉める。小さい薪ストーブなので薪は一つしか入らない。
 ストーブのガラス窓を覗くと燃え上がる火が見える。
 よし。わたしは一仕事終えてコーヒーを作ることにした。コーヒーを飲みながら薪ストーブの火を眺める休日の朝、なんて素敵なんだろう。
 コーヒーを作ってストーブを覗くと、あれ?火が消えている。どうしてだろう?
 わたしは着火剤に火をつけて、またストーブに放り投げる。
 コーヒーを飲み終えた頃にまた火が消えた。。。。。
 わたしはヤケになって、今度は多めに着火剤を入れる。そして薪ストーブの前にしゃがみこんで燃え上がっている火を監視した。しばらくしてまた火が消えてしまった。
 えー!なんで???
 ストーブの中を見ると、少し焦げた薪がドンとある。薪のくせに燃えないの?
 おかしい!旦那がつけると大きな炎をメラメラと上げて燃えるくせに、あたしは薪にバカにされてるとしか思えない!ようし!今度は燃えやすい新聞紙を着火剤と一緒にいっぱい詰め込んだ。それなのに、少しすると火は消えてしまうのだ!ストーブの戸を開けると、新聞紙の燃えカスがストーブの周りや床、わたしの顔に舞い散った。
 何これー!!なんなの!なんでこんなことになるの!?
 わたしは意地になって何度も同じことを繰り返した。薪さえ燃えてくれたらいいのだ。
 気がつくと着火剤を使い果たしてしまい、ストーブに関わってから1時間は軽く越えていた。しゃがんだままのわたしは、足も痺れて、しかも寒くて、イライラとしてきた。
 やめた!!こんなストーブ、もういらん!!
 さっさとボートを出て、隣人のボートに逃げ込んだ。寒くて、あんなところには居られない!
 そして、仕事中の旦那に電話をして、文句の留守電を残してやった。
 隣人はわたしのボートまで来て、ストーブに火をつけてあげると言ってくれたが、わたしは悔しくて、旦那が帰るまであのボートには戻らないと言い張った。

 さて、旦那帰宅。
 彼は子供みたいにスネタわたしを迎えに来て、二人でボートに戻った。
 旦那がストーブの戸を開けて大笑い!そこには真っ黒になった薪の塊がポツンとあって、白くなった新聞紙の燃えカスに埋まっていた。
「どうやって火をつけようとしたんだ?」そう聞く旦那に一部始終を説明する。
 旦那、絶句。。。。
「ストーブの火のつけ方も知らなかったの?」と言った。。。
 知るか!この現代に薪ストーブの使い方を知っている若者が何人いるっていうのか!
「じゃあ、ストーブの中をキレイにして、1から始めよう。まずは、灰を全部掬い取って中を空にしないと、火がついても暖かくならないんだ。」
 旦那はそう言って、スコップで灰をすくう。スコップいっぱいになったのが3回分ぐらい。たくさん灰が詰まっていた。そして、大きい着火剤に火をつけてストーブに入れ、小さい木をたくさん入れた。
「発火しやすいように、燃えやすい木をまずたくさん入れるんだ。これが完全に燃えたら、もう完成に近い。薪をくめて、石炭を入れるんだ。そのあと、戸を完全に閉めないで、火が広がるまで空気を入れてやるんだ。」
 なんと!この行為で大体10から15分はかかった。仕事前の忙しい朝に、こんな面倒なことはやってられない。ボートが暖かくなる前に仕事に行かなくてはいけなくなる。

 面倒なのはこれだけじゃなかった。
 ストーブが小さいので、薪も石炭も少ししかくべることができない。なので燃え尽きるのが早い。1、2時間おきに薪や石炭を補充しないと、ほとんど消えてしまう。
 ボートは煤で黒っぽくなるし、灰を取る作業も怠れない。薪を割る作業も重労働だし、石炭で手がいつも真っ黒だ。
 家に薪ストーブを取り付けたいと思う人は、少し考えた方がいいかもしれない。灯油代が上がれば石炭の値段も上がるし、薪や着火剤などもバカにならない。

 わたしは年々、薪ストーブが嫌いになっていた。できれば、指一本か何か簡単な作業でストーブをつけたいと思うようになっていた。娘が産まれてからは、なおさらだった。狭いボートに薪ストーブは危険だし、空気も良くない。なにせ娘に何かあったり、泣いたときなどは、灰と石炭で黒くなった手のまま抱き上げることはできないし、作業の途中で手を洗うと、ボート生活で節約重要な貴重な水をムダに使ってしまうことになる。
 なんだかややこしいが、とにかく薪ストーブは重要な代物だが、手間と時間をとるのだ。

 ある日、わたしの友人が訪ねてきた。そして薪ストーブを見て言った。
「素敵!こうやって自然の木が燃えるにおいと、この火を見てると、すごく癒されるなあ。」

 わたしはその夜、その友人の言葉を思い出して火を眺めた。
 あれ、本当だ。癒されてるかは分からないけど、ゆっくりと燃え上がる火を眺めていると、なんだか落ち着く。
 旦那がわたしの横でビールを飲みながらテレビを見て笑っている。小さい娘が床に座っておもちゃで遊んでいる。この薪ストーブがなかったら寒すぎて、こうやってくつろぐこともできない。
「ストーブあったかいね。」
 わたしが旦那に言うと、旦那は言った。
「このストーブはオレ達が買った色々なもののなかでも、最高の買い物だよな。」

 そうだね。本当にその通りだよ。
 大事な薪ストーブを嫌になっていた自分が子供じみている気がしてきた。

 ごめんよ、薪ストーブ。。。この冬もまたよろしくね。
 
 

 

 

ストーブ2

 ある日わたしが母親と電話をしているとき、母が思わずすごいことを言った。
「あなたの預金に結婚祝いのお金が全部入ってなかったけ?」
 そうだ!忘れていた!わたしと旦那は日本で式を挙げ、お祝い金を銀行に入れてロンドンに帰って着たのだった。
 2年半以上経過してから、そのことに気がつくなんて!
 わたしは即効、そのお金をストーブ購入にあてることにした。旦那も大喜び!!
 
 家族、親戚、友人の皆様、本当にありがとうございます!皆様のお祝い金は本当に必要なものに使わせてもらいました。本当に、これがなければ、ボート生活2回目の冬も凍死ギリギリの冬を過ごすところでした!!

 こうしてわたし達は念願の薪ストーブを手に入れることができた。ストーブはパイプにつなげると、お湯も沸かせるし、セントラルヒーティングにも繋げることができる代物。そこまでするには、また高価な部品やパイプなどを買わなければいけないので、とりあえず、薪ストーブだけ設置。旦那が休みの日に、ボート仲間と3人で作業することになった。
 その日わたしは仕事だったため、いてもたってもいられなかった。ストーブ設置のためには煙突用に天井に穴を開けなければいけない。わたし達の唯一の持ち家に素人が穴をあけるのだ。旦那は始めての経験。後の2人は、1度だけストーブを設置したことがあるという経験だけだ。



わたしが仕事から戻るとボートの中は想像以上に暖かかった。
ついに念願のストーブがついたのだ!
わたしと旦那は手を取り合って喜んだ。そしてその夜は窓を開けなければいけなくなるほど暖かくなった室内で、ゆっくりと寛いだ。

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プロフィール

スカイ

Author:スカイ
イギリスで旦那と娘3人でボート暮らしをしていた生い立ちを綴っています。
家賃も地方税も無い自由な生活を選んだはずが、なかなか大変なボート暮らし。大好きなお風呂にゆっくりと浸かることができる生活を毎日のように夢見て、早くボート生活から抜け出したいと思いながら結局7年間を費やしてしまいました。
めちゃくちゃなボート仲間達との暮らしも今はいい思い出です。

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